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第10話
どれくらい待ったのだろうか。座り込んだままの体勢で体が固まってしまった。
歳だからか少し伸びをするのも苦しく、何度かにわけて息を吐きながら、やっとのことで大きく体を伸ばすことができた。
ぐい、と左右に首を傾け凝りをほぐし、そうして一息ついたとき、ずっと待っていたチャイム音が部屋に鳴り響いた。
ひとりで小さく、ワッと声を出す。
いつかは鳴るだろうと期待し、一応は構えていたものの、いざその音がこうして聞こえると、さきほどまで穏やかに動いていた心臓が途端に騒ぎ始める。
ゆっくりと立ち上がり、鍵に手をかけるも震えた手には力が入らず、なかなか開けることができない。
私は何を期待して、何に怯えて、どうしてこんなことになっているのだろうか。ああ、自分のことなのに何も分からない。
友人と言ったって、彼に抱きしめられただけで、こうして扉の前に立って私のことを待っている彼を想像しただけで、たったそれだけのことでもこんなに動揺ししまう私と、どんな関係を築けるというのか。
「隆義 さん」
「……っ、」
「……会いたいです」
それでも、扉を挟んで聞こえる少し曇った彼の声にすら、胸が張り裂けそうになった。きっと少し眉を垂らしながら、扉の先にいる私のことを見つめているのだろう。
真意は分からないけれど、彼が私との関わりを持ちたいと思ってくれていることに対して、漠然とした期待を私は抱いている。
彼の言う「仲良く」は何を指しているのか、どこまでなのかは何も分からないけれど、彼に会えなくなってしまうのはあまりにも寂しすぎる。
……その寂しいという感情もおかしなものに違いないけれど。
鍵にかけた震える手に、もう片方の手を添えた。思うことは色々とあるし、この選択が正しいかも分からないが、彼とのこれから先にあるものに、どうしても触れてみたくなった。
覚悟を決めゆっくりと扉を開くと、隙間から見えた彼は、やはり眉を垂らしてこちらを見ていた。
走って来てくれたのかもしれない。汗をかいているように見える。
「隆義 さんっ! 開けてくれたってことは、俺と……、俺と今後も、会ってくれるって……」
「……はい」
「隆義 さん、俺、とっても嬉しいです」
「うわっ、」
両手を伸ばした彼はまた、飛び込むようにして私を強く抱きしめた。
何となく汗の匂いがするが、それさえも爽やかだ。一方で私ときたら。ああ、爽やかなんて印象は持ってもらえないはずだ。
「ちょっと、離してくれないか」
あの時と同様に体臭やら何やらが気になり身を捩ってみるが、弘明 くんはさらに強い力で私を腕に閉じ込める。
「逃げないで。離したくないです」
「弘明 くん、待ってくれ。その、逃げているとかそういうことじゃあなくて、臭いが」
「待たないし、何も気にならないです。俺、ここに来るまで不安で。だから今はあなたに触れて、これが現実だってゆっくり確かめたいんです」
「待っ……、んッ」
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