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第15話

隆義(たかよし)さん家、小説がたくさんあるんですね。俺も色んなジャンル読みますよ」  棚にずらりと並んだ本を見ながら彼が言葉をこぼした。  もしかして彼が来るかもしれないと思って部屋を片付けていたものの、本棚までじっくり見られるかもしれないとまでは考えが及ばず、ところどころ積まれたままになっている本もある。  でもかえって、それが良かったかもしれない。雑に扱うのは私の本ばかりだから、背表紙が見えにくくなっていて助かった。 「小説を読むだなんて、意外……なんて言うのは偏見にあたるだろうか?」 「いや、そんなこと思いませんよ。意外って言葉はよく言われますし」  こう見えても月に数冊は読むんですよ、と彼が照れたように頬をかいた。今時の子はこういった小説は読まないと思っていたが、そうでもないのだろうか。弘明(ひろあき)くんみたいな子に読まれる作家は、きっと幸せだろうな。 「ところで、好きな作家はいるの?」 「好きな作家は、何人かいますよ。でも、ずっと変わらずに好きなのは、高原(たかはら)サワヨシ先生ですね」  その名前に、さっきまで誰かを羨んでいただけの心が、今まで感じたことのない激しさで騒ぎ出す。彼の口からこの名前が出てくるとは思ってもみなかった。   「そう、なんだ……。私も何冊か持っているよ」  動揺を隠しながら返事をした。彼の言う、高原(たかはら)サワヨシは私だ。  名前にこだわりがなく、ハラサワタカヨシを並び替えただけの名前。有名になるはずもないし、ひっそりと執筆できれば良いだろうと、素朴な名前にした。  まさかそれが、彼の口から聞かれるとは。それならばもっと凝った名前にすべきだったと、くだらない後悔をしてももう遅い。  けれど、彼はそれが私だと気づくはずもないのだから、あまり深く考えなくても良いのかもしれない。 「隆義(たかよし)さんも、サワヨシ先生の本を持っているんですね? 他の本が多くて見つからないけれど、どこにあります?」 「あ、えっと、ここに」  積み上げられた本を指せば、ぱあっと笑顔になった彼が本を手に取った。本への触れ方まで優しい。彼の家にあるさんたちは、どれも丁寧に扱ってもらえているんだろうな。 「俺、この本全部持ってますよ。というか、ここにないのも、全部持ってます」 「そうなんだ……? でも別に、この先生って有名な方ではないよね? それなのに……」  それなのにどうして、彼は私の本なんかを読んでいるのだろう。 「有名って、ドラマ化していないとか、そんなことで比較しています? だったら俺は、そんなの気にしないですね。作家買いするんです。読んでみて良いなと思った作家さんは、その後出版された本はなるべく買うようにしていて。サワヨシ先生だけは全冊購入してますよ」 「……へえ」 「でも一度もサイン会もないし、メディアに顔も出さないから、どんな人か分からないですよね。俺、会ってみたいんですよ」  

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