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第16話
これだけ熱のこもった想いを伝えられると、うっかり「実は私が書いているんだよ」と言いたくもなるけれど、そんなことをして彼の期待を壊してしまうことは避けたいから、二度目の「へえ」を伝え、その後は沈黙を貫いた。
話をしなくなった私を不思議そうに見たのは一瞬で、すぐに本棚へと視線を移す。
「にしても、すごい量の本ですね。以前に一緒にいた女性が先生って呼んでいたのって、隆義 さんもしかして作家さんですか?」
「……いや、私は小説じゃあなくて、記事を書いているだけだよ。あまり仕事の話はしたくないんだ、もうこれくらいにしてくれ」
小説を書くことは好きだし、自分の中でおさめるのであれば良いのだが、彼を前にして誇れるものではない気がして、嫌な誤魔化し方をしてしまった。
普段から楽しそうに輝いた表情で仕事をしている彼の前では、彼の好きな小説を書いているとは言えなかった。
「え? 隆義 さん、怒りました? ごめんね」
別に君に怒ったわけではと、否定しようとしたけれど、その前に彼に唇を奪われる。
不意打ちのキス。一週間ぶりの彼の温もり。驚いただけでやはり嫌悪感はなく、その事実に胸がざわついた。
「こんなことをするほうが、私に怒られるとは思わないのか」
「隆義 さん、怒るんですか? 俺のこと嫌いになる?」
「だから、そんなことっ」
そんなこと……? 私は何を言うつもりだったんだ? 怒るとか、嫌いとか、そういう単純な話じゃあなくて。
「ん?」
ああ、だから、もう、こんなことで。彼の優しい眼差しに思考が停止する。
この考えや感情を、決して避けるべきではないのに。しっかり自覚し、必要であれば遠ざけなければならないものだってあるはずなのに。
気付かないふりをしてやり過ごすことが居心地が良くなってしまってはだめだ。
「隆義 さん、次はいつ会えますか? 忙しくなるから、ゆっくりと時間を取れるのは三週間後になるかも」
「今日みたいに家に来るだけなら三週間だろうが一カ月だろうが構わないよ。君も君の付き合いがあるだろうし、こんなおじさんに構わなくて良いんだよ」
「いや、俺は構いたいんですけどね。寂しいこと言わないで」
だから今日はあなたが許してくれる時間を一緒に過ごしたい、と手を握られた。少しだけ、彼の指先が震えていることに気付く。
「もてなせるものは何もないが……」
「良いですよ、一緒にテレビでも見ましょう。同じ空間や時間を共有するだけで充分です」
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