17 / 72
第17話
私の家なのに彼がソファへと案内してくれる。カバーの毛玉が気になりながら腰かけると、くっつくようにして彼が隣に並んだ。
猫背の私とは違って、伸びている彼の背筋につられて私も姿勢を正す。
「なんでそんなにシャキッとしているんです?」
彼が顔を覗き込んだ。不意なことで避けられず、鼻がぶつかりそうだ。
彼の揺れた柔らかな髪からは、上品な香りが漂った。
「え、ああ……。姿勢があまりにもおじさんだったから?」
「なんだそれ」
彼を意識し落ち着きなどどこかに捨ててしまった私に対して、彼はお腹を抱えて笑い、一人でいる時よりもソファが沈む。
普段と異なるその感覚に、ソファとは反対に気持ちが浮つく。
こんなことなら三人掛けのソファを購入すれば良かった。物欲がなく大きな買い物をしないから、お金だけはたくさんある。三人掛けのソファくらい、容易く買えるだろうに。
けれど、どうせ大きなソファを買ったところで彼は、今しているように私に肩を寄せて座るのだろう。
それならば、私がこの距離感に慣れるしかないのか。今後も彼が家にやって来る度に、落ち着いて隣に並べるように。
「なんだか良いですね。こういうの」
私の肩に頭を預けた彼が、上目遣いで私を見つめた。息が首筋にかかり、くすぐったい。
「……こういうのって、どういうの」
「あなたとふたりで、こうしてゆっくりと過ごす時間のことですよ」
話を逸らすつもりで返した言葉は、さらなる威力をもって跳ね返ってきた。
動揺を自ら招いてどうするというのだ。
重なり合っていた視線を、壁の本棚へと送る。このまま彼のことを見ていると、触れている肩から私の心臓の音が彼に伝わってしまいそうだ。
頬の内側が、じりりと焼かれるように熱い。彼といる時はいつもこうなってしまう。
「弘明 くん、首が疲れるんじゃあ? 私の肩のほうが低いから、痛くなってしまうよ」
「痛みが残るなら嬉しい。あなたとの時間を思い出せるから。それからこの髭も」
「えっ……!」
いくら私の髭が伸びて少し柔らかくなってきたとはいえ、彼は迷いなく自分の頬を寄せた。「少しだけジョリっとしますね」という彼の笑顔が眩しい。
「この感触も忘れません」
「髭は……、もう剃るよ」
「剃っちゃうんですか? 残念」
本当は残念だと思っていないだろうに。髭を剃った姿も、また見たいとそう思っているに違いないのに。
以前も髭を剃った私に対して、「髭のないあなたも新鮮で素敵」だと、そう言ってくれたじゃあないか。
出会ったばかりの頃を思い出し、頬の熱を誤魔化すどころか、自ら火をつけていく。
そうしてそんな想像をして、胸の奥までも温かくし、幸せな期待をしている自分自身に、馬鹿みたいだと乾いた笑いがこぼれた。
ともだちにシェアしよう!