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第20話
◇
連絡のない黒い画面を時々気にしながら、パソコンに向かい作業をする。彼は前回家に来たときに、「連絡しますね」とそう言っていたのに、あの日から一度もメッセージですら送ってくれていない。
……何が連絡しますね、だ。今日こそくるかもしれないと、期待しては落胆する毎日を送ることにも、少しずつ疲れてきた。
私はぬるくなった珈琲を啜りながら、画面が見えないように裏返した。
どうせ今日も彼からは何のメッセージも送られてこないし、電話が鳴ることもないはずだ。
「今のうちに、進めておかないと」
カタカタと文字を打つ音が、静かな部屋に響いた。
彼からの連絡がないことに薄暗い気持ちはあるものの、本来私は温かさや明るさのある感情を抱くことが少ないから、このほうが執筆には都合が良い。
彼のことを除けば、思考の整理がしやすいから。
以前に棗 さんにも言われた「心を刺激される何かに触れることはないですよね?」という言葉をふと思い出す。
全く何にも触れていないわけではないが、刺激が少ないからこそ、小さなことも掬い上げることができると、私は思っている。
素朴な感情の揺れ動きのほうが、私は好きだから。
……そう、そもそも私はそういう人間だ。
心を大きく揺さぶられるような出来事からは、できるだけ逃げてきた。時間をかけて内面を見つめ続けながら、些細な刺激に何かを感じ、それを残すことができれば、それだけでも十分な人生だった。
つまらない、も含めて、それが私の生活だったのに。
彼と関わりを持ち始めてから、初めての感情に処理が追いつかないことが多い。抱えていられずに、苦しくなる。
それでもその苦しみを抱いていたくなるし、時には求めてしまう。失うときに感じるであろう大きな喪失を予感しながらも、その瞬間が来るまではと、縋ってでも触れることを望むのだ。
まだ、そのような自分を受け入れられるだけの勇気は持ちあわせていないけれど。
「う、あっ!」
没頭しながら書いていると、画面が見えないようにと裏返していたそれが震え、机に振動が響いた。
彼が部屋に来たあの日から一週間が経っている。どうしてそれだけの時間をあけたのか、このタイミングで連絡を寄越した理由は何なのか、そういったことをまず聞いてやろうじゃあないかと、瞬時に質問を整理した。
けれど、振動は止まらない。メッセージではなく、電話……?
「あ……」
耳に響く彼の声を想像して、手が震える。止まない振動と同じように、心臓の音が身体の内側から耳に響き、それにかき乱される。
「ふ……う、」
深呼吸をする。思い切ってそれを返し、表の画面を確認すれば、そこにはは弘明 くんの名前ではなく、棗 さんと表示されていた。
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