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第21話
以前もこんなことがあったよなと、ふと笑みがこぼれた。弘明 くんだと思って扉を開けたら棗 さんだったあの日を思い出す。
いつも良いタイミングで彼女が私の前に現れる。
先程までの震えは止まり、落ち着いたその指で通話ボタンを押した。
「も〜! 先生いるなら早く出てくださいよ! 遅すぎます! 何してたんですか?」
「ごめん、ごめん」
「絶対仕事してませんよね? 私、分かりますよ?」
「はいはい、ごめんなさい」
締め切りまで猶予がないわけでもないこのタイミングで連絡してくれているから、本当に何か分かっているのかもしれないと、そういう気持ちがわいてくる。
棗 さんは、不思議な人だな。毎回タイミングが絶妙だし。
「で、何していたんですか?」
「何もしてないよ、ただ、ぼーっとね」
「どうだか。先生元気ないですよ? もしかして今度は本当に体調が悪いんですか?」
棗 さんの声色から、少しの焦りが伝わった。画面越しにガタッと大きめの音がし、椅子から立ち上がったのだろうかと、見えていない彼女の行動が容易に想像できる。
そこまで心配されるほどの年齢ではまだないと思うのだが……。まあ彼女が心配してくれているのは、年齢的な衰えに関してではないのだろうけれど。
「体調は大丈夫。ただ少し考えすぎて疲れただけだよ」
「何を考えすぎたんです? 仕事のことじゃあないでしょ。……あの友人と何かありました?」
いつもは茶化す彼女が私を心配してばかりいるのだから、相当弱って聞こえているのだろうか。なんだか恥ずかしさすらある。
「いや、何かあったとか、そういうことじゃあないんだ。ただ、君も今、彼のことを私の友人として話してくれたけれど、じゃあ友人って何をすれば良いのだろう、どのような存在でいれば良いのだろうって、それが分からなくてね。……君にはまた、良い歳してそんなことも分からないのかと笑われてしまうかもしれないけれど」
自信なく呟いた私に対して、彼女は一度「ははっ!」と大きく笑い、それから深呼吸する。
「そんなの先生とあのご友人の二人が決めれば良いことですよ。ご飯を食べに行くだけの友人が欲しいなら、そういう存在であればいいし、何か相談したら親身になって聞いてくれる友人が欲しいならお互いにそうであれば良いし、友人というよりもう少し踏み込んでみても良いし、とにかく居心地の良いように過ごしたらそれで良いんじゃあないですか? ああ、この人と繋がれて良かった、この関係を続けていけたら嬉しいな、そのくらいの純粋な気持ちで、関われば良いんじゃないのってそう思いますよ」
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