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第23話
「そういえば、彼との友人関係に悩むきっかけとか、そういうのあるんですか?」
彼女の質問に心臓が騒ぎ始めたものの、咳払いで誤魔化し、「そういうわけではないが」と答える。
「君は悩む暇もなく私と関わってくるだろう? 振り回されるというか。棗 さんが巻き起こした風に身を委ねて、その風に行き先を決めてもらう感じがするんだ」
「ほぉ、私は台風か何かですか?」
「ははっ、例え話だよ。台風ほど激しくはないかな。なんだかんだ私には心地よい風だからね。ただ、彼とは、身を委ねてしまいたいわけではないというか。委ねた先に何があるのかを気にしてしまうし、巻き起こった風の行く先の責任を、負えるほどの自信がないというか……」
話をしながら、これは友人について考えているわけではないと、彼女に伝わってしまっただろうと気付いた。咳払いで誤魔化したところで、何の意味もないのだろう。
「彼が私みたいだったら、先生は悩まなかったんでしょうね。私と先生の関係性で想像したことが、彼とできそうにないんですよね? でもそういうものだと思いますよ。全く同じになんかならないから」
「まぁ……、そうと分かってはいるのだけれど」
「いいや、分かってないですよ」
はっきりと言うねと返せば、今さらでしょう? と彼女が笑う。私にとっては楽しくない話題ではあるけれど、彼女のカラッとした笑い声が聞こえると安心すら感じられる。
「色んな友人がいて良いのでは? と私は思います。先生とあの彼で、これが良いと思える関係を、二人でゆっくり築いていけば良いんですよ。私とだって五年目でしょう? まだまだこれからですもん。それに、先生と深く関われば、分かります。先生がどれだけ魅力的なひとか」
私の何が魅力的なのか、なんて考えちゃあダメですよ、と棗 さんが付け足す。こうも考えを見透かされると恥ずかしくなってくるな。
「先生、自信がないことは、時に自分の足を引っ張りますよ。手を伸ばせば掴める幸せを、自ら捨てるのはもったいないです。時には我儘になってみて。それだけで世界が広がりますよ」
「自信……ね、」
「そうです、自信です! 先生、うじうじがおさまったら、また、書くペースあげてくださいね! でないと家に突撃しますからね!」
じゃあそろそろ切りますね、と言って、こちらの返事待たずにガチャンと受話器が置かれる音がした。彼女はいつも、そっと置くことをしないので、相手によったら怒らせてしまったのかと思うような勢いだ。
私が彼女のオフィスに行った時には、別の編集者の人に「そんなに強く置かない!」と怒られていたな。
その癖を直していないというより、私だから意識せずにそうしているのだろう。
「ははっ、」
電話を終えた後も、棗 さんのことを思いながら、少しの時間笑いが止まらなかった。他人からすればこれの何が面白いのかと呆れられそうだが、彼女は些細なことでも私に笑顔を届けてくれる。
「……さぁて、書くか」
大きく深呼吸と伸びをして、再びパソコンへと向かう。珈琲は完全に冷たくなってしまったけれど、それに寂しさを感じないくらいには、私の胸は温かかった。
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