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第29話

◇  私から彼に連絡をしないから諦めたのか、あれ以降頻繁に電話が来るようになった。相変わらず大したことは話さず、私から話題提供をすることもないが、それでも声が聞きたいからと言って週に何度かかかってきている。  電話だけで会うことがないのかと言われればそういうわけでもなく、最近はそこまで忙しくないようで週末に自宅に来てくれている。  それでも、どこかに出かけることはほとんどないし、あったとしても近所のスーパーかコンビニくらいだ。  これまで一人で通っていた場所に彼と並んで行くことに少しばかり抵抗があったが、彼がそういうことを気にしていない様子を見ると、私は過剰に他人の目を気にし過ぎていたのだと思うようになった。  些細なことではあるものの、世界が広がったようにも感じる。 「ふう……」  あと数分もすれば電話がかかってくるだろうと思い、画面をすぐに確認できるよう表を向けてパソコンの横に置いた。  ある程度パターン的なタイミングだから、いつかかってくるのか、そもそもかかってくるのかなどと悩むこともなくなり、彼からの連絡を仕事をしながら待つことができるくらいには余裕が出てきたと思う。 「ほら、」  机の上で震えるその画面を見れば、彼の名前が表示されている。何度も会い、電話もしているとはいえ、通話ボタンを押すまではいまだに緊張してしまうが、それでも出ないでおこうか? と考えることはなくなった。 「もしもし」 「隆義(たかよし)さん、今日はいつもより出るの早かったですね」 「そんなことはないと思うが」 「あるんですよ。俺、それだけで嬉しいです。今何していたんです? お仕事中でしたか?」 「いや、書いていたけれど、区切りは良いから気にしないで」 「そうですか。じゃあ今日はいつもより長く、あなたの声を聞いていたいな」  さらりとそんなことを言う彼に、私も何か言葉を返したいと思うけれど、なかなかそれができない。返したいと思うようになっただけで成長かもしれないが。 「隆義(たかよし)さん」 「ん?」 「会いたいですね」 「……週末に来るだろう?」 「それはそうなんですけど、今、会いたいなって」 「今……?」 「あなたは俺に会いたくない?」 「……いや、」  どう答えるのが正解なのだろう?   もう遅いし、それに週末に会えるじゃあないか、と今日はやんわり突き放す?   君が来たいのなら来れば良いと、彼の判断に任せる? 来てくれたら嬉しいと、正直な気持ちを伝える?  「私は……」 「俺が会いたいからって理由で、隆義(たかよし)さんに会いにいくことは許されますか? あなたが嫌でなければ俺、今からでも会いに行きたいんです」

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