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第32話
「……猫、怖いの?」
「怖いというわけじゃあなくて、気まぐれなイメージはありますね。急にシャーって引っ掻いてきそうな。だから、おいでーと呼んでみても、来たら来たでどうしよう、みたいな気持ちはあったかもしれないです」
確かに猫は気まぐれだが、私は引っ掻かれることにそこまでの恐怖心はないかもしれないと思った。そういう気持ちが猫に伝わってしまうものなのだろうか。
「猫って難しいね。私はあの子にパッツンという名前を付けているんだよ」
「パッツン?」
「今度近くで見る機会があれば、頭の模様を見てみると良い。前髪を真っ直ぐに切ったみたいな模様なんだよ」
「前髪パッツン。はは、隆義 さん面白すぎです」
馬鹿にしたような笑いではなく、柔らかい優しさが滲むようなものだったが、それが反対に恥ずかしさを招き、私はソファから立ち上がりキッチンへと向かった。
そんな私の気持ちに気づかずか、弘明 くんも隣に並ぶ。
持って来てくれたお茶をコップに注ぐのは彼に頼み、私はお菓子や食べ物を皿に盛り付けた。
「以前にね、隆義 さんが、猫に触れているのを見かけたことがあったんです。ほらあの、日向ぼっこができるところ。ベンチのある、あそこの」
「え?」
ソファのほうへと戻り、ローテーブルにコップを置きながら、彼がそんなことを言う。そういえば、出会ったばかりの頃に私のことを何度か見かけたことがあると、そう言われたような気がする。
「少し近所を散歩したり、買い物をしに出た時にあの猫を見かけると、必ず触るようにしているんだ」
「そうなんですね。その時にあなたがあまりにも可愛く笑うものだから、つい見惚れちゃったんですよね。俺にはまだ見せてくれませんけど、無防備で可愛らしい笑顔でした」
「なんだそれ」
無防備で可愛らしい? この私が?
確かに触れている間は猫に対して何か警戒することもなければ、擦り寄ってきてくれることで穏やかな時間を提供してくれることに感謝しているほどだし、思い詰めたような表情はしていないと思うけれど。
それでも、話したこともない、よく知りもしないおじさんが、猫を撫でて笑っているだけの姿を見て、どこをどうしたら可愛いと思えるのか。
「でもマンションや外で数回だけ見かけたあなたは、元気もなければ、挨拶をしても返事はないしで、余計に気になっていたんです。あの猫は俺には懐かないのに、そんなあなたには懐いているから、きっと知らない素敵な一面がたくさんあるんだろうなって思いました」
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