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第33話
執筆に行き詰まった時の気晴らしで出歩くこともあるから、その時の私を見られたのだろうか。挨拶をしてくれていたことがあったなんて、知らなかった。
他人への興味は持ち合わせていないし、知りもしない誰かが仕事でもないのに私に挨拶をしてくれると、そう考えたことすらなかったから。
だから棗 さんにも孤独なおじさんなどと言われてしまうのだ。
「君への態度が悪かったようだが、それなのによくも私に素敵な一面があるだろうと思えたね。猫に好かれているくらいで」
彼が私に興味を持ってくれる理由が、分かるようで曖昧なところが多く、納得できないからか嫌な言い方になってしまう。
怒っているわけではないものの、そういう言い方しかできない私を、彼は変わらず優しく見つめている。
「態度が悪いというか……。意図して嫌な態度を取っていたわけではなくて、あの時の隆義 さんは、俺に全く興味がないんだなと感じたんです。すれ違う他人だとしても、ああ前から人が歩いて来るな、なんてそんなことくらいは思いますもん。でもあなたは、そういうことすら頭にないようでした」
猫の話から真剣な話になりそうな予感がし、気まずさからコップのお茶を飲む。
「まぁ、確かに私は人への興味はないし、人から挨拶をされるほどの興味……と呼んで良いのかは分からないが、そういうものも向けられないと思って過ごしてきたから」
「隆義 さんもそう言うし、じゃあ間違いではないのかも。俺という人間が通行人としてですら、あなたの人生にはいないんだ、って思ったんです」
そういうものではないのか? と尋ねれば、あなたは例外なんだと返される。あまりにもじっと見つめてくるものだから、思わず目を逸らした。
「そんなあなたが、自分のペットでもない野良猫には穏やかな優しい眼差しで見つめ、触れ合って、笑顔になっているのを見て、あなたの人生に入れてもらえているこの猫は羨ましいなと、そう思いました。それにあの猫が誰にでも懐く猫だったらそれまででしたよ。でも俺には懐かないのに、あなたには懐いているし、マンションに住んでいる方だろうなと思う人ですら、俺と同じ扱いを受けている人もいました」
一気に話す彼を止められることもできず、ただただ私がひとり、恥ずかしを感じているように思う。
誰かに挨拶を返されないこと、無愛想な人が野良猫を可愛がっていること、そんなことは私以外とでもいくらでもあるだろうに。
「まぁそんなことは言い訳のようなもので、単に一目見た時から隆義 さんが気になっていたってことなんだと思います」
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