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第36話
「弘明 くん、そこ、は……っ、」
「隆義 さん、気持ち良いのなら逃げないで」
「う、あ……!」
誰かと深く関わることがこの歳までまともになかったから、今更何ができるかも分からないし、怖い。
棗 さんとは仕事を機に自然に知り合い、そこから長い時間をかけて関係を築いてきたけれど、彼とは違う。届け先の部屋番号を間違ったところから出会い、彼に興味を持たれ、私もそれを拒まず、ここまで来てしまった。
まして、友人関係にはあり得ない、身体の関係までできてしまっている。
棗 さんは私に自信を持てと言うけれど、私にいったいどのような魅力があるというのか。
どうしたってこれから進む先に、長く続くような関係は存在しないだろう。
彼がこの先何をどこまで望むのかは分からないけれど、私はもう、友人としての関係を彼には望めない。
彼に欲情し、求められると隠せないほどの嬉しさを感じ、時にはもっと求められたいとすら願ってしまう。そうした先に、彼が愛想を尽かし、私の前からいなくなってしまうことでもあれば、私はもう生きていけないかもしれない。
誰かと関わるなんて、慣れないことをするものではなかった。彼に好意など抱かなければ良かった。少し触れられたくらいで、夢中になるなどと、そんな単純な自分自身に早くに気づいておけば良かった。
こういうことを考えている時点でもう遅いのかもしれないけれど、完全に抜け出せなくなる前にこれ以上深入りしないほうが良いのではないだろうか。距離を置けば、出会ったばかりの頃のように戻れるだろうか。
彼は同性で年齢も親子ほども離れているのだ。この先に私が望んでしまうだろう恋仲になんて、彼と私とではなれるはずがないのだから。
「隆義 さん、こっち向いて、表情 見せて」
「あっ……」
「可愛い……っ。ねぇ、隆義 さん。俺のこと、ちゃんと見て。隆義 さん、」
それでも、私を抱きしめるその腕の震えに気づいたから、それを無視して彼から逃れることができなかった。掠れる声で何度も何度も私の名前を呼ぶから、この時だけは応えてあげなければとそう思った。
勘違いしてしまうほどに、あなたを離したくないと全身でそう伝えてくるから、だから、拒絶の言葉を口にすることができなかった。
「あっ、」
「隆義 さん、可愛い……」
「弘明 くん、」
背中に爪を立てた。彼の肌に自分の爪が食い込んでいく感触がはっきりと伝わる。
私は、君を拒まなかった言い訳が欲しい。私にはどうしようもないことだと、そう思えるほどの言い訳が。
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