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第37話

◇    頭と心のどちらの整理もつかないまま、なんとなくもやもやとした日を過ごしていたからだろうか、本当に熱が出てしまった。  疲れやすい身体ではあるものの、ここ数年は風邪など引いたこともなかったというのに。  それに、弘明(ひろあき)くんと多少出歩くようになったとはいえ、それ以外に出歩いてたわけでもない。 「もしかして知恵熱?」    そんなわけあるかとひとりで笑っていると、電話が鳴った。  声が枯れているし心配をかけるだろうから出ないほうが良いかとも思ったけれど、何度もかかってくれば無視できなくなるし、そうなると家にまで来てしまうだろう。  いつもより多いコール音の後に電話に出ると、画面の向こうの彼が嬉しそうに私の名前を呼ぶ。 「忙しかったですか?」 「ちょっと今、締め切り前でね。今日はあまり話せないかもしれない」 「……隆義(たかよし)さん、声が変じゃあないですか?」 「いや、そんなことはないよ」 「絶対嘘だ。俺、仕事帰りに寄ります。もう少しだけ待っていてください」  勢い良く切られた電話に、彼の焦りが伝わる。別に死ぬわけでもなければただの風邪なのに大袈裟だと笑みが溢れる。  それでも嬉しい。結局心配をかけないように電話に出ても、この声を聞けば彼は当たり前のように私の家に来てくれるのか。 「本当……、どうしたら良いんだろうな」  どのくらいの熱が出ているのかと体温計で熱を測ってみれば、想定していたよりも高く、このままだと彼に無理矢理にでも病院に連れて行かれそうだ。  解熱剤でも飲んでおこうと薬箱を見てみると、期限の切れたものしかない。普段から薬を飲む習慣がないとこういう時に困ってしまうな。 「はぁ……」    かと言って今から薬を買うためだけに出かける気力もない。  大人しく寝ておこうかと思ったが、ベッドに行けばそのまま深い眠りについてしまいそうで、ソファへと寝転んだ。  仰向けになり、白い天井を見つめる。  彼が来るというのに、今日はいつも以上に何のおもてなしもできないな。ソファの毛玉も前より増えた気がする。  よりにもよって、1番古い部屋着を着てしまっているかもしれない。髭も剃っていないし、汗で髪もべたついている。  こんなことなら、鍵も渡していないし、私も気にせず眠りたいから今日は来ないでくれと頼めば良かったのだろう。けれど、卑怯だがそうしたくはなかった。

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