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第38話

   深く眠ってしまわないようにとソファに寝転んだというのに、思った以上に寝てしまっていたようで、外から何度も聞こえるチャイムの音で目が覚めた。  慌てて玄関の扉を開けると、両手に袋を持って息を切らした弘明ひろあきくんがいた。  私の顔を見るなり安堵の表情にかわり、「全然電話にも出てくれないから焦った」と座り込む。  「ごめんね」と言いながら彼の顔を覗き込むと、彼が私の額に触れた。指先が冷たく、体温の上がった私にはそれがあまりにも気持ち良く、思わず擦り寄ってしまう。 「可愛いけれど、こうしている場合じゃないですね。隆義(たかよし)さん、顔がすごい赤いし、めっちゃ熱いです」  立ち上がった弘明(ひろあき)くんが私の手を引いて部屋へと上がる。寝室に彼を入れたことはないが、どこに何の部屋があるのか把握しているからそのまま連れて行かれ、ベッドに寝かされる。 「夕飯食べてないですよね? 食欲ある? あるならお粥を作りますけど」  食欲はあまりなかったが、彼の手作りのお粥を食べる機会が今後どれだけあるのか分からない。一度くらいは嘘をついて食べたところでバチは当たらないだろう。 「飲み物もゼリーも買ってきたけれど、それはいりませんか? おかゆが微妙ならそれを食べるのでも大丈夫ですよ。何かはお腹に入れてほしいから」 「いや、手間をかけさせて悪いが、お粥をもらおうかな。あと飲み物ももらえるとありがたい」 「分かりました。それから、熱冷ましのシートも貼っておきましょうね」  ペットボトルの飲み物をわざわざコップに入れて、彼がベッド横のデーブルまで運んできてくれる。そのまま額にシートまで貼ってくれ、子どもの頃に母親にそうしてもらったことを思い出す。 「君にこんなシートを貼られるなんて不思議な気持ちだよ」 「俺は嬉しいですけどね。それじゃあキッチン使わせてもらいますね」  手を振りながら寝室を後にする彼の背中を見ていると、じんわりと気持ちが落ち着いていく。  お湯を沸かす音、パックご飯を開ける音、卵を溶く音、ネギを切る音。  自分以外の気配がするだけでもどこか特別な気持ちになるというのに、台所から誰かが料理をする音が聞こえることには、さらに懐かしさも感じる。  熱で弱っているからか、それだけでどうしてか泣きそうになる。  そんなことを思いながら、だんだんと重くなってくる瞼に抗うことなく、そのままゆっくり目を閉じた。  

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