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第42話
「それじゃあ、今度こそ本当に帰ります。先生、お大事になさってくださいね。体調が良くなったら連絡ください。一応詳細はメールにてお送りしときますから、また良いタイミングで確認してくださいね!」
「本当にすまない。ありがとう。確認しておくよ」
玄関先で棗 さんを見送り、それからリビングへと戻る。食べかけだったお粥は、水分を吸って膨らんでいた。
「せっかく作ってくれたのに、冷めてしまったね」
「もう一度温めましょうか?」
「いや、私はこれで大丈夫だ。冷めてもおいしいままだから」
「そうですか? じゃあ俺もそのままで」
ソファに並んで座り、なんとなく無言で残りのお粥を食べ続ける。
弘明 くんもどこか気まずさがあるようで、「いつもはこっちのソファで食べずに、あっちのテーブルで食べているんですよね?」などと、さっきまで気にしていなかった意味のない質問をしてくる。
ああ、と私が返事をすれば、呆気なく終わってしまう会話。そこからの続け方も分からない。
時々視線が合うたびに、お互いぎこちなく微笑むことを繰り返しながら、お椀に盛られたお粥をひたすら無言で食べ続けた。
「ごちそうさま。おいしかったよ、ありがとう」
「あ、片付けますね」
お椀を重ねて運ぼうとする彼に、それくらい私がするからと手を伸ばせば、やんわりと断られ、そのまま台所へと持って行かれてしまった。
「……何から何まですまないね」
「良いんですよ! 隆義 さん、ゼリー食べます?」
「……じゃあ、せっかくだからいただこうかな」
彼が冷蔵庫からゼリーを選び、食器棚から慣れた手つきでスプーンも取り出す。どうぞと差し出されたゼリーはみかんの果肉が入ったゼリーで、私の好みのものだった。
さっきまでの気まずさが少し消え去り、こんな些細なことで感動しながら容器の蓋を開ける私をよそに、彼はさらりと鍋とお椀を洗い始める。
慌てて立ち上がると、「ストーップ!」と大きな声で止められ、座るよう促された。大して洗うものはないからと何度も言われ、それに甘えることにした。
素直に甘える私に、彼の表情にも笑顔が戻ってくる。
そんな彼の様子を見ながら、申し訳なさからいつもより大きな声で「おいしい」と言ってみた。掠れている声を心配しながらも、その言葉を聞いた彼が嬉しそうに笑う。
「私がみかん好きだって知ってくれていたの?」
「いや、知りませんでした。隆義 さんって、みかん好きなんですね。良かった! 俺が好きなものを買って来たんですけど、隆義 さんの好みだったとは」
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