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第45話
返事をする前に口を塞がれる。「熱が移るよ」とすぐに離せば、「移せばいい」と再度キスをされた。
あれだけ自分の顔を見られたくなかったのに、彼の顔を見てしまった今、今度は目が離せなくなる。
それが名残惜しそうに映ったのか、彼は微笑みながら私の頬や鼻にもキスを落とした。
「隆義 さん、もっと?」
「そういうわけじゃあ……」
「まあいいや。早く元気になってくださいね」
「あぁ……」
行きましょうか、と彼に手を引かれながら寝室に向かう。ベッドに寝転ぶと、彼は隣りに座り、私の手を握った。
別に大きな風邪を引いたわけでもなく、ただ身体がだるく、熱があるだけだというのに、こうも優しくされてしまうと、彼の体温がなくなった時のことを想像して心細くなってしまう。
……できることならずっと、ここにいて欲しい。私を置いて帰らないで欲しい。
「もう寝ますか?」
「……もう少しだけ、こうしていてくれ」
「ふふ、分かりました。あなたが眠るまで、こうしていますね」
「そ、それなら、その、もし良かったら……」
寝ていた身体を起こすと、咄嗟に彼が支えてくれる。必要なものがあれば俺が取りに行くからと言われ、その言葉にすら甘え、リビングにある棚の二段目の引き出しから赤色の箱を取ってきてもらった。
「これがどういう意味を持つのだとか、そういうことは抜きにして、もしこの後私が、君が帰る前に眠ってしまった時のことを考えて」
「はい」
「ポストに入れておいてくれ、と頼めば良いのかもしれないが、私がポストに入れておく、という行為をあまり信用していなくてだな」
どのように伝えるのが正解か、分からない。自分から始めたことなのに、急に彼の反応が怖くなってしまう。
「……ん? 隆義 さん?」
「それで、その、なんと言えば良いのやら」
できる限りの言い訳を並べてみたが、そのせいでさらにその先の言葉を言いにくくなり、箱の中身も取り出せなくなってしまった。
固まった私を見て何かを察したのか、弘明 くんは箱を持つ私の手を優しく包み込む。
「隆義 さん」
「……ん、」
「俺、この先の話、期待して良いんでしょうか。これって勘違いでなければ、家の鍵ですよね?」
「えっ? あぁ……、そう、家の鍵なんだが」
「今日貸してくれるんですか? それとも、貸すんじゃなくて、俺にくれるんですか?」
「……あげようかと、」
「よっっっしゃあああ!!」
「え!?」
聞いたことのない声量で叫びながらガッツポーズをする彼に、思わず驚きの声を大声で返した。そんなに喜んでもらえるとは思っておらず、予想外のことに頭が混乱する。
そもそも彼の言う通り、今日貸すだけで済むことだったのか。そうすれば何の言い訳も考えることなく、「次に会った時に返してくれたら良い」と渡すだけで終わったのに。
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