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第47話
◇
体調も良くなり、気分転換をしたいと久しぶりに街へと出かけることにした。弘明 くんとは今月末に出かけることになっているから、次の予定まで時間がある。
看病をしてくれたお礼がしたいから私が計画を立てたいと伝えたけれど、全て任せるように言われてしまい、私には何もできることがなくなってしまった。どこに出かけるのか、何をするのか、まだ何も分からない。
それに、彼は私の家の鍵を持っているのだから気軽に来れば良いものを、彼がその鍵を使うことはなく、それもあって私からも誘いにくくなっている。
まぁ私がほとんど家にいるのだから、そもそも鍵を渡したところで使うことはないのだが。
「こんなもので良いだろう」
鏡を見ながら、シャツの襟を正す。
いつもより念入りに髭を剃り、珍しく昨日切った髪もワックスで整えた。
ここまで気にするのは小説関係のイベントに出る時くらいだと、久しぶりのヘアセットに手こずる自分に笑いさえ出てくる。
「今日誰かに会ったら、少し恥ずかしいな」
街中に出るのであれば、部屋に篭り切りの私では変に目立ってしまいそうだと思い、身なりを気にしたものの、自分にはそれが違和感となり、かえって気になってしまう。
自分が思っているより人は他人に興味を示さないものだと聞くけれど、それでも私はその言葉を信用できないから仕方がない。
現に私はこれから小説の材料集めに街中に出かけるのだから。何が流行っているか、どんな雰囲気なのか、それだけではなくて人間観察も目的の一つにある。
私のように誰かを見ている人がいるかもしれないし、そうでなくても普段の私が街中をあちこち見まわしながら歩いていれば、職質でも受けてしまうかもしれない。
だからこそ、街中に溶け込める見た目でいなければ。
「うん、随分とマシに見えるな」
久しぶりの材料集めに胸を踊らせながら、普段はあまり履かない革靴を出してみた。
踵と爪先に多少の違和感があるが、そこまで長時間でもないし、たまには良いだろう。
「ふー!」
共通玄関を出て、眩しい光を受けながら伸びをすると、近くでニャアと猫の鳴き声がした。視線をやればパッツンがいる。
いつの間にか近くにいた猫に、思わず頬が緩んだ。今日は素敵な一日になりそうだ。
「おぉ! いつもと違う雰囲気でもお前は分かってくれるのか」
ここで猫を触り始めると、いつもと同じになってしまうと思い、頭を数回撫でるだけにとどめた。少し物足りないが今日は仕方がない。
「帰って来たら撫でてあげるからね」
誰かに見られているかもしれないことなどお構いなく、私はパッツンに手を振りその場を後にした。
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