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第49話
電車から降り、広い駅の構内で度々迷いながら、何とか外へと出た。人混みと目的地を気にしながら歩くのは、久しぶりなこともあって余計に疲れてしまう。
「ふぅ」
最初は商店街のほうをぶらぶらと歩いてみることにした。それからお気に入りのカフェに行き、街の雰囲気や行き交う人たちを観察してみるのも良いだろう。
それにしてもお洒落な人が多いな。ここで浮かないように、私もいつもと雰囲気を変えてみて良かった。
「……あれ? 先生?」
気分良く歩き出そうとした瞬間に、突然後ろから肩を叩かれ、振り返って見れば棗 さんがいた。
「え!?」
驚く私以上に驚いた顔でこちらを見ている。誰かと一緒に来たのかと周りを見るも、彼女の横には誰もおらず、ひとりで来たようだった。
誰かに会うと恥ずかしいなどと思ってしまったから、こうなったのだろうか。こうならないでほしいと願ったことは、たいてい起きることが多い。それがまさか今日のこのタイミングとは。
「棗 さんも一人?」
「一人ですよ。買い物に来たんです。季節の変わり目だし、新しい服でも買おうかな、なんて。そんなことより、先生はどうしてこんなところに? 珍しいですね。服まできっちりしているし、髭も剃って髪も切って! 先生、いったいどうしたんですか?」
「そんなに驚くことかな? なんだか恥ずかしくなるね」
「そりゃあ驚きますよ!」
小説の材料集めだと説明をしても、彼女は眉間に皺を寄せながら私に顔を近づけた。
そんなことは到底信じられないとでも言いたそうな表情をしながら、私の目を見つめる。
「ここ最近、そんなことしていなかったのに? 新しいお仕事の件で、ですか? でも、そんなわけないですよね」
「ねぇ棗 さん。そんなわけないだなんて、私のことを何だと思っているんだ?」
「先生は先生ですよ。でも私の知っている先生はこんなことあまりしないなーって、そう思っただけです。というか先生も一人なんですね。弘明 くんは?」
私の横に彼がいて当たり前だという認識なのだろうか。いつも一緒にいるわけではないことくらい分かっているだろうに。
「先生がお洒落をしているから、てっきり弘明 くんと一緒にいるのかと思ったんですよ。でも一緒じゃあないんだ」
「いつも一緒にいるわけではないよ」
「ふぅん。でも、彼はこんな先生の姿見たことないだろうから、もし会ったら驚くでしょうね。私ですら滅多に見ないから驚きましたもん」
「お洒落のつもりではなくてだな、ただ怪しまれないような服装をしたかっただけなんだが」
私からすればその服装をしていること自体が怪しいですが、と棗 さんがケラケラと笑う。……失礼な。
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