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第52話
男性のほうが視線に出やすいかどうかについて、実際にその通りなのかは分からないが、ここに来るまでの電車で見かけた恋人たちを思い出すと、確かに見つめ合う視線にお互いを思い合う気持ちが溢れていた。
視線に気持ちが表れやすい、ということは理解できる。それでも私たちは恋人同士ではないのだから、私の視線はともかくとして、お互いにそういう気持ちが視線に表れている、というのは棗 さんの優しいフィルターのおかげにも思えるが。
「お互い視線にすら出ているし、それをお互いに分かっているんだと思っていたんですが、違いました? え? でも付き合っているんじゃあないんですか?」
「付き合う!? まさか、そんなことはないよ」
「え? どうしてまさかなんて言うんです?」
棗 さんは、囁き声にしては大きめの声でそう言い、それまで頬を支えていた手を、バンっとテーブルに叩きつけた。
水が注がれているコップの中の氷が、その振動でカランと揺れる。
「どうしてだなんて。そんなのどう見ても釣り合わないだろう? 君と弘明 くんならまだしも、私が彼の横にそういう意味で並んでいたら不自然さしかない。さっきから視線がどうだとか言うけれど、それだけで隣にいられるわけないじゃあないか。そもそも男同士というだけではなくて、年齢差もこれだけあるというのに、どうして君はそうも当たり前に考えられるんだ?」
棗 さんに負けじと言い返す。こんなに自身の考えがすらすらと言葉になって出てきたのは初めてかもしれない。
整理する前の段階の思考そのものだから、自分でも何が言いたいのか分からなくなるが、口は止まらずに回り続ける。
彼女に突っ込まれてしまったら、これまで避けて守ってきたものが崩れそうな気がしたから、あまり割り込ませたくない。
そう思うだけで、これだけ言葉が出てくるのなら、私は案外ここぞというときに強いタイプなのかもしれないな。
「私と弘明 くん? 何言ってるんです? そもそも彼が何歳なのかはっきりとは知りませんけど、自立している成人した大人だし、何より先生のほうが支えられていませんか? 実際のところ精神年齢で言えば彼のほうが上なのでは?」
「さすがにそれは言い過ぎじゃあないか?」
「先生が言わせたんでしょ? いつも言っていますけど、先生は細かいことを気にしすぎです。誰から見た不自然さなんですか? 少なくとも私はそう思いませんけどね。先生といる時の弘明 くん、とても嬉しそうだったし、あなたの顔も柔らかかったですよ。お似合いでしたけど。先生って、本当に自分に自信がないですよね。それもまた可愛いんですけど、今はその可愛さが邪魔ですね」
ゆっくり話せますね、と微笑んでいた彼女はいなくなり、私に対して怒ったような表情と口調で話し続ける。私よりもさらに回転が早い。
ここまで言われると言い返しようがなくなってしまい、さっきまで案外強いかもしれないと考えていた私は消え去った。
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