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第57話
「ねぇ、弘明 。弘明 ってば! この方たちは知り合いなの?」
二人でいた時のペースを崩し、突然割り込んできたような私たちに対して、その女性は説明を求めるように彼の腕を掴んだ。
そんなことですら、心を削られてしまう。
「知り合いというか大切な人というか。よくお世話になっているんだ」
「ふうん? 弘明 って本当に交友の幅が広いんだね。関心するわあ」
「そんなこと今はどうでも良くて。それで隆義 さんと棗 さんは何しているんですか?」
「どうでもいいって何!? 弘明 がちゃんと説明してくれないから、私もこの方々もみんな困っているんだよ?」
もう! と言いながらその女性が肩を叩いた時、隣の棗 さんが私の腕に自分の腕を絡めた。
視線を彼女のほうへと向ければ、唇をきつく結んでいる。それから大きく息を吸った。
「弘明 くんの言う通り、デートみたいなものです。あなたもデート? きれいな女性と一緒ですけど?」
声が震えているのが分かる。
彼と出かけるために私がこれまで服を選んでいたこと、自信をすぐに持つことができないにしても棗 さんに励ましてもらったこと、自分を勇気付けるための準備をしていること、そういうことをこの場で伝えることができないで黙ってばかりの私の代わりに、彼女が彼に伝えようとしてくれたんだ。
誰も何も悪くない。もちろん弘明 くんも。そもそも責める権利など私にはないし、その女性が誰なのかも分からないままだ。
ただの友人であっても特別な存在であっても、今はそれはどうでも良いことで、ただただタイミングが悪かった。それだけのこと。
私が前に進めるように、棗 さんがどうにかして靴を履かせ、そのおかげもあってスタートラインに向かって歩き出そうとしたばかりだったから。
棗 さんも彼自身に怒っているわけではないのだろうが、状況が状況なだけに、私の腕に手を回しあんなことを言ったのだろう。
「いや、俺たちは」
「デートだなんて。ふふ、弘明 とはそんなんじゃあないですよ。よく分からない流れですけど、とりあえず弘明 、挨拶だけでもまずさせてよ。いつも弘明 がお世話になっています。私は彼と──」
女性がわざと言っているのか、嫉妬や虚しさでどうにかなりそうな私が過剰に反応しているのかは分からないが、綺麗な色の紅が塗られたその艶のある唇から、何度も何度も「弘明 」と彼の名前が出てくる度に、私の意識が遠のいていくようだ。
まあ二人の時間を邪魔したのは私たちのほうだから、この女性からすればこうして近しい距離感をアピールすることで、早く去ってくれよとそう言いたいのかもしれない。
「こ、この後大事な仕事があるんだ! 申し訳ないがこの辺で」
「え? 隆義 さん!?」
私は最後まで聞くことができずに、持っていた紙袋の持ち手を握りしめ、彼らに背を向けた。
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