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第61話

 これまで何度も抱きしめられてきたが、今はそのどれとも比較にならないほどきつく腕を回され、華奢でもない私でも骨が折れてしまいそうだと、そう思うほどに感情が込められているようだった。  あれだけ馬鹿な願いや期待を抱いた自分を責めたばかりだというのに、追いかけて来てくれ、こうして今、息が上がったままで私を抱きしめながら、胸が締め付けられるような声で名前を呼ぶ彼に、どうしようもなく嬉しさが溢れ出す。  それで後悔したばかりなのに、どうして私は……。 「隆義(たかよし)さん、さっきはね、」 「……っ」  それでもあの女性の口から聞こえる彼の名前や、横に並ぶ姿がお似合いだった光景、深い付き合いだというような堂々とした彼女の姿勢、自然な距離感、当たり前のことだが私の知らない世界が彼にあると分かった時の孤独感が思い出され、何か言われる前に彼を止めなければと、そんな感情に突き動かされる。 「こんなことしにここまで来て大丈夫なの? あの女性……彼女……か何か知らないが、その子と大切な予定があったんじゃあないのか。それなのにどうしてわざわざ私みたいなおじさんを追いかけて来ているんだ? 私はただの友人なのに?」 「隆義(たかよし)さん、本当に俺たちが友人だって、今も思っているの? 本当にそれだけの関係でしかないって? 俺がこうして追いかけてきた理由が分からない?」  理由が分からないかって?   私は今残っている全ての力をこめて、彼を押し飛ばした。再度私を捕まえようとする彼から逃れ、ソファにあったクッションを投げつける。 「理由なんて、知らないし、分かりたくもない! 君は私とは別世界の人間だし、隣にいるべきではなかったんだ! だいたいおかしいじゃあないか。何の目的があって私と仲良くしたいんだ。おじさんで男で、そんな私にあんなふうに触れ続けて、趣味が悪すぎる。私は抵抗する気力もないし、どうだっていいから拒まなかっただけだ! 君があまりにも──」  あまりにも? あまりにもなんだ?  「……っ、」  保身に走るんですね、という彼女の言葉を思い出す。この時になってまでそうしてしまう私は、みっともないのだろうか?  それでもそうしていなければ、今は自分を保っていられないんだ。  涙腺のコントロールができず、ぽろぽろと涙が溢れ出す。止まれ、止まれと願っても全く意味はなく、大粒の涙が床に染みを作った。

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