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第62話
「気持ち、通じ合う部分も増えてきたと思ったのに、俺の話も聞かずに、自分の気持ちも言わずに、そうして俺のこと閉め出すんだ?」
「……閉め出す? どうとでも言ってくれ」
服の袖で涙を拭えば、その手を掴まれる。指先の力が強く、爪が肌に食い込む。
逃れようと捻ってみてもそれは叶わず、彼はもう片方の腕も掴み、私を無理やり自分のほうへと向かせた。
「俺が何のために次の予定を誘ったか分かる? 次の一歩を踏み出すためだよ!」
「……っ、い、た」
力の強さに比例して、彼の声も大きくなる。
「これまであなたが俺が言いたかった一言を、たったの一言なのに、いつまでも言わせてくれないから。踏み込みすぎるとあなたが俺と会ってくれなくなるんじゃあないかって怖かったんだよ。だから、俺もいつまでたっても本当の願いを言えなかった。受け止めてもらえる自信もなかったから」
いつものように敬語を使わないこともあってか、語気の強さが目立つ。言われたことをすぐに整理できるほど頭が回っておらず、一体何を言われているのか分からない。
私がどんな一言を言わせなかったと言うんだ? 本当の願い? 何を受け止めろと?
「それが悪かったのかもしれないけれど、悪い方向にばかり考えるのはやめてよ。俺ともうこれっきりなのかもしれない時でさえ、あなたはいつまでもそうだ!」
これっきりと言う彼の言葉にハッとして顔を上げると、涙を堪えている表情で、その声にも切実さが滲む。
「何の目的があってあなたと仲良くしたいと思ったのかって? そんなのあなたに一目ぼれして、付き合いたかったからだよ! 最初から付き合おうなんて言ったら、隆義 さんは俺と関わってくれなかっただろ!」
「……え、」
「あなたに拒否されない関係を続けたいとの勝手な思いから、友人と言いながらそうは思えない行動をしてしまったのは事実だし、それは俺が謝るべきだけど、俺だって怖かったんだよ」
抵抗をやめた私の腕を解放し、彼は再び私を抱きしめた。先程の力の加減のなされていないものではなく、背中に回された手が震えているのが分かる。
「さっきの女性は同じ職場の同期! あの距離感は誰にでもそう、男でも女でも先輩でも後輩でも! これから職場の何人かで集まる予定だっただけで、俺とあの人のふたりきりじゃあない。結婚して辞める先輩がいるから何かお祝いがしたいと伝えたら、最後にみんなであのお店のパンケーキが食べたいとそう言われて。あの人とはたまたま駅で会ったから一緒に集合場所に向かってそのまま店の前にいただけ。俺の彼女なんかじゃあない!」
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