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第66話
翌朝、目が覚めると彼が私に背を向けて寝ていた。あれだけ眠れるだろうかと心配していた割には、よく寝ているように見える。それに私に背を向けているだなんて。
このままにしておこうかと思ったが、起きたらくっついて欲しいと言っていた彼の願いを素直に受け入れることにした。
体を横にし、彼のお腹の辺りにそっと手を置くように抱きつく。カーテンから差し込む光が彼を照らし、睫毛までもがキラキラして見えた。
「あっ……」
まだ寝ている彼に顔を近づけてみると、少し髭が生えてきている。私とは違って丁寧に手入れされた肌しか見ていなかったから、こうして新たな彼を知ることができることも嬉しい。
髭も似合うな。彼も剃らないでいてくれたら良いのに。私が似合うから剃らないでとお願いすれば、喜んで聞いてくれそうだと思うのはあまりにも自惚れているだろうか。
彼の体温が高く、抱きしめていると暑くなってくるけれど、でもその温もりすら愛おしい。
彼の寝息に合わせ、私も呼吸をしていると、徐々に眠気に襲われ、二度寝も悪くないと思いながら目を閉じた。
「隆義 さん」
「……ん、」
「ちゃんと約束を守ってくれたんですね」
ぼんやりとした意識のまま目を開ければ、彼の顔がすぐそこにあった。驚いてのけ反ったが、腰に回された手に支えられ、ぐっと引き寄せられてしまう。
「弘明 くんの背中のほう……、え?」
「そうそう、起きたら背中側から抱きしめてくれていたから、俺がこっちを向いたんです。あなたの顔を見たくて」
「私は約束を守ったのに、わざわざこっちを向くなんて……。寝起きは恥ずかしいじゃあないか」
「そんなのお互い様ですよ。でも見ていたかったからさ。……ふふ、隆義 さん、おはよう」
「……おはよう」
指先で頬を優しく撫でられ、「可愛い」を何度も伝えられる。顔を逸らそうにもそんなことができるスペースはなく、目を伏せることで誤魔化してみるも、視線を感じると結局はどうしても彼を見てしまう。
しっかり抱きしめられているから抵抗もでず、私は彼のされるがままになってしまっているが、本当に気持ちが通じあったという幸せを実感できる。
「朝起きて、あなたにおはようを言うことが夢でした。それが本当に本当に嬉しい。幸せでおかしくなりそうです。今朝のこの幸せが加わった分、やっぱり昨日よりも幸せですよ」
弘明 くんにそう言われて、昨日の出来事を思い返してみると、私のせいで彼の予定を潰してしまったことを思い出した。
こうして笑い合って穏やかに過ごしている場合ではない。
「弘明 くん、ごめんね。そういえば昨日の予定は大丈夫だったのかな。せっかくの最後の思い出だったんだろう? どう償ったら良いのか……」
今さら謝罪をしたところでその予定が戻ってくるわけでもなければ、私が何かしたところで解決できるものでもないのに。
職場の女性の前でも私が醜態を晒し、彼を巻き込んでしまった。そんなことで印象が悪くなってしまうほどではないと、彼の人気ぶりを見ていれば分かるものの、それでもどうすれば良いのだろうかと不安になる。
それに、最後にみんなであのパンケーキを食べたいと言っていた先輩の思い出すらも奪ってしまった。
あのカフェの予約するくらいだから彼が仕切っていたのだろうし、彼が抜けた後、他の人たちにも迷惑はなかったのだろうか。
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