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第67話
さっきまで幸せの余韻に浸っていたのに今はそれどころではなくなってしまった私を見て、彼は「大丈夫だよ」と笑いながら言う。
「気にしちゃったんだね。可愛い」
「そういうことじゃあなくて。って私のせいなんだが、そんな呑気な感じで大丈夫なのか……」
「同期のことなら気にしないで良いし、他のメンバーも同じ。それに辞める先輩には、隆義 さんのこと相談していたので、事情を話したら行っておいでって背中を押してくれました。そんな話をしていたから、すぐあなたのこと追いかけられなかったんですけど。引っ越し先に何かプレゼントでも送ろうと思います。それで大丈夫ですよ」
それで本当に大丈夫なのだろうかという不安と、彼が言うなら大丈夫かもしれないという安堵感で複雑な気持ちになるも、それ以上に先輩に話した、という言葉が引っかかる。
「弘明 くん、私たちのことを話したの? 大丈夫? 相手が男だとかおじさんだとか、まさかそんなこと言ったんじゃ……」
「あー、あなたのことおじさんなんて表現はしませんけど、年上の男性とはお伝えしてますよ? 先輩の旦那さんも二十歳近く歳の差があるみたいで、すごく共感してもらえました」
「待ってくれ、そもそも弘明 くんは男性が好きなのか? それをその先輩に伝えていた?」
「いえ? 男性が好きってわけではないですし、性的指向についての話はしませんよ」
「……そういうものなのか?」
「ん? 別に誰でも関係なく恋愛話をするわけじゃあないですけど、この人には話しておきたいなって思えば話す、それだけのことですよ」
彼はベッドから起き上がり、大きく伸びをする。旋毛部分には寝癖がついており、彼が動くたびに軽やかに跳ねた。
私が気にしすぎなだけだろうか? 棗 さんも彼と同じような考えだし、そう考えると反対に私が浮いているように感じる。
「……って、棗 さん!」
自分のことばかりで忘れていたが、昨日あれだけ私のことを考えて動いてくれていた彼女に何の連絡もしていないままだった。
心配しているだろうに、私を気遣って連絡すらしていないはずだ。
「棗 さんへの連絡? 後で大丈夫ですよ。俺に怒りの連絡が入っていたので、お付き合いすることになったと返信しました。……棗 さんには言って良かったんですよね?」
「ああ……言ってもらって良いし、連絡してくれたんだね。ありがとう」
バクバクとうるさい心臓を押さえながら余裕なく起き上がると、彼は変わらず伸びをしながら笑っている。
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