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第70話
彼がファンであると言っているその小説家が私だと知った時、一体どんは反応をしてくれるのだろう。彼が一番喜んだ顔が見られるんじゃあないだろうか。
彼の反応にネガティブなものを想像していない自分自身に驚きながらも、それは幸せなことだと言い聞かせ、そうして大きく息を吸った。
「高原 サワヨシは、私なんだ」
「……え!?」
持っていた本を床に落とし、慌てて拾っては頭を抱え、状況を整理している姿は、私が想像したものよりも典型的な反応で、それに笑えてきた私は、初めて彼の前で腹を抱えるほどに笑った。
「えっ、本当に? えっ、どういうこと? えっ……、えっ!?」
本に顔写真が載っているわけでもないのだから何と見比べているのかは分からないが、本と私を交互に見続ける彼を見て、涙まで出てきた。
「そこまで分かりやすく反応してくれるとは」
「だって、そりゃあ……。最初に教えてくれたら良かったのに! 俺、本人の前でこんな感想言うの恥ずかしすぎません? こんな今まとめたばかりです的なコメントじゃあなくて、もっと練ってから伝えたかったです」
そうは言うけれど、ああして思いを伝えてくれたからこそ、私も自分の正体を知らせたくなったのだから。
「さすがにこれは運命的すぎません? そして俺の好みの一貫性やばくないですか? ……こんな時に言うのもあれですけど、サインもくれます?」
「ははっ、こんな私のサインで良ければいくらでも」
興奮が冷めない彼は、持っているその本を抱きしめた後に丁寧に机に置くと、それから大きく手を広げ、今度は私を力強く包み込んだ。
「俺の気持ち、隆義 さんには分からないでしょうね。大好きな人の大好きな小説のような朝を迎えられ、そしてその大好きな人が俺の大好きな人だったなんて。もう何言っているか分からなくなってしまいましたけど」
「そこまで言ってもらえると嬉しいよ。驚かせたくて伝えたし、散々笑ってしまったけれど、今すごく恥ずかしくなってる」
「何それ可愛すぎですって。あなたがこんなに可愛らしい人だと知っているのもこの世に俺しかいない特別感で心臓が壊れそう。ここまでの可愛さは知らないにしても、ああ、棗 さんが羨ましいです。あなたの仕事を一番近くで支えられるのだから」
弘明 くんの背中に腕を回し、首筋に擦り寄ると後頭部を優しく撫でられた。
「また、恋愛要素の入ったお話も書いたらいいのに。今度はどんなお話になるんでしょう」
「でも君との関係で得られた感情は自分の中でとどめておきたいかもしれない」
「うっ、可愛い。というかもう、これで秘密はなしですよ。隠さないで全て曝け出して」
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