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第71話
唇にキスをした彼が、指先で私の髭をなぞりながら、じっと目を見つめる。心臓が激しく鳴り、内側から全身に響くその振動に少しだけふらつくような気がした。
全てを曝け出す、それは私には難しいことだけれど、彼はどんな私も受け止めてくれて、こうして自信を与えてくれる。
いつまでも彼に甘えていないで、伝えなければならないことから逃げないようにしたい。
正体を明かしたあの時よりも、もっと大きく息を吸った。
「私のことも、私の仕事のことも、作品のことも、ここまで肯定してもらえる経験はなかなかないことだし、弘明 くんが私と出会う前から作品を知ってくれていたことも、こうして直接気持ちを伝えてくれたことも嬉しい。自信のない私だけれど、私が私で良かったと、この仕事をして良かったと、そんなふうに思わせてくれてありがとう」
見つめ合ったままではあまりにも恥ずかしいから、これだけは許してほしいと少しだけ視線を逸らし、それでも気持ちが伝わるように一文字一文字丁寧に言葉を紡ぐ。
「隆義 さん?」
「私に気づいてくれてありがとう。印象が悪いこともあったのに、興味を持ってくれてありがとう。あの日、声をかけてくれてありがとう。受け入れているのか壁を作っているのか分からない、それでいて他責思考だった私と関わり続けてくれてありがとう。最後まで自分本位だったけれど、弘明 くんが諦めないでいてくれたから、こうして今、幸せを実感できているよ」
「えっ、待って……。秘密はなしだって言ったのは俺だけど、ここまで言ってもらえるなんて想像もしてなかった。隆義 さんにそんなふうに言ってもらえる俺が、幸せ者だし、あなたのおかげでこれからの未来がもっと彩られていくと思う。こちらこそありがとう」
手を繋ぎ、視線を合わせた。幸せが溢れて、ふたりで笑う。人生で間違いなく、今が一番輝いていると思う。それでも君は、これからの日々でこの幸せを更新していくつもりだと言うのだから、私はそれを覚悟して過ごしていかなければならないのだろうな。
「俺、本当にやばいです。初めては大切にしたいから待つと伝えたのに、我慢できないかもしれない……」
「ははっ、君は余裕があるのかないのか分からないな」
「余裕があるように見えた時なんかあります? 俺はいつだってないですよ」
「……弘明 くん、好きだよ」
「だから! タイミング考えてくださいって! なんで今! 嬉しいけれど、きつい!」
初めては優しく大切にしたかったのにと、頭を抱える。しゃがみ込み、下から私を見上げる彼がたまらなく可愛く思えた。
彼の手を握り立ち上がらせると、一瞬で唇を奪われる。呼吸すらも逃さないというようなそんなキスを繰り返し寝室に向かうと、ベッドに優しく押し倒された。
彼の重みを感じながら目を閉じる。自信がすぐに持てるわけではないし、これからも私は、ほとんど変わらないかもしれない。
それでも君がいてくれれば、顔を上げて歩ける日が多くなるだろうし、毎日笑顔で過ごせるのだろう。
そんな日々がこれからの私の人生に、作品にどのように影響していくのだろうか。
「隆義 さん、もう今更待ったはなしだからね」
「ははっ、覚悟してる」
END
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