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4-1-わたしはスーちゃん
「おつかい行ってきまーす!!」
島一番の名所と謳われている白き娼館。
鳥達が澄んだ鳴き声で挨拶を交わす朝早く、スキップまじりに町の市場を目指す。
「おはよう、スーちゃん。今日のオススメはムーン貝とクジラエビだよ」
「まだ生きてる、めちゃくちゃ新鮮!」
ステュが「二番目の天国」にやってきて半年が経過した。
つまり娼館で働くようになって半年が過ぎたわけだ。
『ここが俺の部屋になるの?』
『前に女の子が使っていた屋根裏部屋よ。今は三階で事足りるから、空き部屋になっているの。兄が時々泊まっていくのだけれど、少し埃っぽいかしら』
『いえいえ、ちっとも……寝台があるお部屋をもらえるだけで、それでもう、十分です』
『地下にある大浴場は、お客様と女の子専用だから。貴方はこの部屋のお風呂を使って』
『お風呂あるんですか? 泣いてもいいですか?』
『仕事の説明は明日するから、今日はゆっくり休みなさい』
『もう泣いちゃう!』
村での生活と比べたら、すでにスタート地点から雲泥の差であった。
仕事内容は賄いの買い出し、娼館周辺の落ち葉掃きなどで、労働未経験だったステュは一生懸命励んだ。
最初はお釣りを落としたり、受け取るのを忘れたり、掃除するつもりが逆に散らかしたりとミスが多かった。ステュはその都度反省した。同じミスをしないよう心がけ、半年を費やして、今は問題なくこなせるようになっていた。
「ただいま、ローザ!」
丘の上に建つ洋館。階段を早足で上ってきたステュは、内側から門扉を開けてくれた、バラ園の手入れ担当である彼女に声をかける。
ローザという名の彼女は「善き魔物」だ。
全身に蔓が絡みついており、体のあちこちで白バラが咲いている。ミイラが包帯の代わりにツルバラをびっしり纏っているような外見だった。
普段はカモフラージュ張りにバラ園に溶け込んでいて、門の開け閉め以外、あんまり表に出てこない。
初対面の際、ステュは「バラの塊が動いてる!」と仰天した。するとローザがさらに驚いて、彼女に咲いていたバラが一斉に散ってしまうという出来事があった。
(あれは今でも反省してる、ローザにとても悪いことをした)
「今日もいい匂い。ローザにお世話されてバラが喜んでるんだね」
すでにバラ園と同化したローザに笑いかけ、甘やかな香りのする通路を前進して、ステュは洋館の中へ。
「スーちゃん戻りました!」
買い出しはするが、調理担当ではない。営業時間外、娼館で働く女性陣はそれぞれのタイミングで自由に各自料理をし、厨房で食事をとっていた。
「はい、イモの皮を剥いてくれたお礼よ」
ステュはお手伝いをして、ご飯を分けてもらう。
「スーちゃん、グミベリーの実、あげる」
「トマトスープのおかわり、いるでしょう? ムーン貝、多めに入れておいたわ」
「飲み物は何にする? ブンブン飛び回るミツバチちゃんだから、やっぱりハチミツジュース?」
娼館の皆、ステュに優しくしてくれた。特にディナイを熱烈に出迎えていた、明るくて暖かみのある赤髪が印象的な三人は、一段と親身になって寄り添ってくれた。
ちなみに娼館の皆、ステュが男だと知っている。
「スーちゃん、ちょっとお肉がついてきたかしら」
「噛みつき甲斐のありそうなスベスベほっぺたね」
「ミツバチちゃん、ほらほら、お口あーんして?」
何かと構ってくれる世話好きの三人に至っては、主人のシンと同じく、一目見て女装男子だと見抜いていたそうだ。
「全部おいしい! おかわりください!」
半年が過ぎた今、下働きのステュはシンの娼館にすっかり馴染んでいた。
ちなみに娼婦専用となっている三階の住み込み部屋は、別の者が掃除しているそうでステュの出番はない。興味があっただけに、そこはちょっぴりガッカリした。
一階の大広間も、お得意様専用の二階にも干渉していない。
地下の大浴場も同様だ。
シンの娼館にはローザの他にも「善き魔物」がいて、綺麗好きな性格の彼等は毎日完璧に掃除をこなしているという。恥ずかしがり屋でもあるらしく、この半年の間、ステュはまだ一度も姿を見たことがなかった。
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