12 / 39

4-2

 客以外は男禁制であるため、ステュは基本女装していた。  よって買い出しで頻繁に利用する店の人間などは、ステュが女の子だと思い込んでいる。  レースつきの襟、二の腕のところが膨らんでいる半袖ブラウス。フリルがいっぱいのエプロンは後ろでリボン結びしている。ペチコートの上に履いた膝丈のスカート、太腿まである長さの靴下、踵が鳴る靴。黒と白の二色に統一されたメイド服で「よく似合っている」とシンのお墨付きだった。  呼び名においても「スーちゃん」が凡そ定着していた。  互いに仲のいいお世話好きトリオにこぞってお化粧されるのだが「ガサガサだったお肌が綺麗になったわ」「栄養が行き渡って唇もプルプル」「パッチリおめめ」と、色んなパーツを褒められるようになった。魚屋やパン屋のおじさんからは、サービスと称してオマケをしょっちゅうもらう今日この頃だ。 (スーちゃんって、実は結構可愛いのでは!?)  ひょっとすると「ステュ」よりも「スーちゃん」の方が人生を謳歌できるのではないだろうか。ステュは呑気に自惚れることもしばしばだった。 「――君もこの娼館で働いているんだよね?」  日暮れと共に開放される娼館の門。  ほんのりと光を帯びる特殊な白バラが灯火代わりに宵闇を照らし出す。  娼館営業中、ステュは屋根裏部屋にいなければならない。  しかし、今日は敷地内に迷い込んだネコを捕まえるのに手間取った。ニャーニャー鳴くのを門の外へ運び、急いで戻ろうとしたら。 「昼間、ここで見かけて気になっていたんだよ。君の名前は? 何歳なんだい?」  積極的な客に言い寄られてステュは硬直する。 (お客様、俺は男です!)  正体を明かしそうになり、男禁制ルールのためにぐっと堪え、引き攣った笑顔を浮かべた。 「ごめんなさい、お客様、お……私は下働きの者なので」 「ほら、それ」 「んっ? はいっ?」 「他の女の子達と比べて初々しいというか、垢抜けないというか、どこか野暮ったいというか、田舎者っぽいというか」 (ハイハイ、どうせ俺はド田舎出身ですよ……) 「今夜は君を隣に置きたい」  多くの客は仮面やアイマスクをつけて娼館へやってくる。非日常を味わいたくて、いつもの自分を脱ぎ捨てて。 「えーと、私より何倍も素敵な女の子がいますから、ぜひぜひ、中へどうぞ」 「いや、君がいい。何なら二階の個室をとってもいいよ」  革製のアイマスクをつけた男性客は、しつこかった。実は今までにも声をかけられた経験はあった。皆、ステュがあたふたと断れば、紳士的に引いてくれたのだが……。 「怯えた表情も堪らないね」  逃げ腰でいるステュに男は遠慮なく距離を詰めてきた。 (助けて、ローザ、コイツのことバラのトゲでチクチクってやって、撃退して……!) 「その唇、どんな味がするのかな?」 「ひぇぇ……」  迫られて、迫られて、もうこのままブリッジできるのではというくらいの逃げ腰でいたら。 「コイツは俺専属だ」  ステュは後ろから頼もしい体に受け止められた。  新月の闇に容易く同化できそうな黒ずくめの勇者が、いつの間に、夜の入り口に降り立っていた。

ともだちにシェアしよう!