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椅子の背もたれにロングコートを引っ掛け、ソードを装備したベルトを下ろすと、ディナイは寝台に移った。
「飲み物は?」
「……」
横向きに寝そべったディナイは、数分後に眠りについた。履いたままの紐靴は空中に投げ出されている。あんまり汚れていないところを見ると、外で泥を落としてきたに違いない。
(怪我はしてないみたいだ)
ディナイが相手にするのは「悪しき魔物」だ。
退治依頼の報酬を出す余裕がない者のため、戦うこともある。並みの勇者では太刀打ちできないからと、国家直々に要請を受けて駆り出されるケースもあるそうだ。
床に座り込んだステュは、寝台に頬杖を突き、ディナイの寝顔を眺めた。
「怪我してなくてよかった」
ディナイは今年で二十七歳になるという。
この島で十六歳になったステュより一回り近く年上の彼は、妹のシンとは年子で、両親はすでに他界したらしい。
(シン様から聞いたんだ)
最初の武者修行は、今のステュと同じ年齢で十六歳のとき。単身で挑み、華々しい成果を上げたとか。
(あんなおっかない魔物相手に、初っ端から一人で立ち向かうなんて)
時に意地悪だったりぶっきら棒だったりするが、目を閉じているとただの男前と化すディナイに、ステュは小声で話しかける。
「ねぇ、勇者様。シン様がこの間教えてくれたよ」
島に到着した初日、娼館を去り際にディナイはステュの目の前でシンに耳打ちしていった。
『弟だと思って、俺と同じように信頼してやってくれ』
まさかの弟扱い。シンから教えてもらったとき、ステュはその場で泣いた。
「みんなの勇者様。今はゆっくり休んでね」
「ん……んふふ……てへへ……」
「ステュ。それは魘されてるのか。それともスケベな夢でも見てるのか」
ディナイにゆっくり休んでもらうつもりが、ステュの方が熟睡してしまった。
「はッ……い、いつの間に……」
起き抜けで締まりのない顔を上げれば、すでに寝台にディナイの姿はなかった。
「もう行く」
真夜中だった。
ロングコートを羽織ってソードも装備したディナイは、屋根裏部屋の中央に立っていた。
いつも、すぐ、どこかへ旅立ってしまう。
月に一度は会いにきてくれるが、会っていられる時間は短かった。
「また、もう行っちゃうの……魔物退治の話も、知らない島の話も、全然聞いてない」
「お前がぐーすか寝ていたからな」
「先に寝たのは勇者様だしッ……せめて、一晩くらい過ごしてけばいいのに……」
「うるせぇぞ」
一回り近くも年上だというのに、大人げない受け答えをされて、ステュは口をへの字に曲げる。
(まぁ、きっと、今回も)
勇者を待ち侘びている誰かのために旅立つのだろう。
物凄く強い、みんなの勇者様のことだ。
絶対、また、会いにきてくれる。
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