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「勇者様、気をつけてね」
ロングコートを掴んだステュがそう言えば、ディナイは浅く頷いた。
そして窓の方へ。
(あ、またそのルートなんだ)
入ってくるときは普通なのに、出るとき、ディナイは無作法で大胆になる。
両開きの格子窓が開け放たれた。
夜風がカーテンを大きく押し上げ、花瓶のバラが小さく震えた。
「ステュ」
窓枠に片足を引っ掛け、外へ身を乗り出したディナイに呼ばれ、ステュは急いで駆け寄る。
「あんなこと、しょっちゅうあるのか」
「へっ? ああ、寝落ちのこと? うん、怖いくらい、しょっちゅうある――」
「客に言い寄られることだ。多いのか」
「あ、そっち? えーとね、たま~にあるかな~」
「あ?」
「ま……稀に……です、ハイ」
「チッ」
あからさまな舌打ち。ステュは目と耳を疑った。
「お前は隙があり過ぎる」
かっこよく寡黙に旅立つのかと思いきや、危なっかしい体勢で説教されて、ステュは慌てふためく。
「ゆ、勇者様、お話があるなら部屋の中に戻って? 窓の外に体半分出した状態でチンタラしないで!」
「あ? 誰がチンタラしてるって?」
「ひッ! ちゃんと前向いて!? 変な風に落っこちたらどーすんの、俺じゃあ勇者様のこと引っ張り上げらんないよ!」
てんぱっているステュを見てディナイは笑う。
「そんな可愛い服、余裕で着こなしてるんじゃねぇぞ、ステュ」
低く艶めく声の余韻を残して、翻るカーテンの向こうへ、窓の外へと消えた。
見慣れない笑顔の残像が視界に痕をつけて、ステュは、その場でしばしかたまった。
十秒後、我に返ると、窓から外を確認した。広々としたバラ園を貫く通路を進む勇者を見つける。前後には客がちらほらいた。屋根裏部屋からの華麗なジャンプを目撃し、度肝を抜かれたようだ、全員がディナイを凝視していた。
「……あーあ。みんなびっくりしてるよ、勇者様」
振り返らないディナイの背をステュはまた見送った。
一日の終わりには猫足の浴槽にお湯を溜めて浸かる。
頭も体も顔も洗って、メイド服から寝間着の長袖シャツ一枚に着替えると、ステュはほっとした。
寝台に寝転がればディナイの温もりを感じた。
何だかくすぐったい。
でも心地がいい。
(最初に助けてもらったときのこと、思い出すなぁ)
ぎゃんぎゃん泣き喚きながら抱きつけば、初対面だったはずのステュをディナイは受け止めてくれた。
「……あれ……?」
枕に抱きついたステュは、パチパチと頻りに瞬きを繰り返す。
(何だろう、この感じ)
胸がざわざわする。
風が強いからだろうか。
(海、荒れてるだろうな。勇者様の乗った船、大丈夫かな)
「ちゃんと目的地に辿り着きますように」
また無事にここへ戻ってこれますように。
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