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「貯金の計算でもしていたのか」  十分程、経っただろうか。  やっと涙が止まって、落ち着いてきたステュは、ディナイの懐でしょぼしょぼの目をパチパチと瞬きさせた。 「金持ちだな。これなら豪遊できるぞ」  寝台の下から引っ張り出されていた貯金箱を見、ディナイは言う。ステュは鼻を鳴らして 「旅の費用にあてようと思ったんだよ」と、正直に告げた。 「旅? どこに? 単身か? 誰か連れがいるのか?」  矢継ぎ早に質問されてステュは、つい吹き出す。 「勇者様を探す旅だよ」  回答を聞いたディナイは、ほんの数秒間、沈黙した。  然程、気にもならない、短い間だった。 「……俺を探す旅、か。随分とぶっ飛んだ旅だな」 「島へ来る人に聞いても、何にも情報が出てこないから。いっそのこと、自分一人で探しにいこうと思った」 「俺自身の旅には魔物が付き物だ。俺を探す道中で出くわすかもしれないぞ」 「う……。でも、このまま、ただ待ってるだけなのは、もう限界だったんです」  目元がヒリヒリしていた。今日一日分の水分を使い果たした気分だ。  ディナイの腕の中という今現在の状況に、徐々に照れ臭さが湧き上がってきて、ステュはさり気なく彼から離れようとした。 「ローザからの贈り物か」  ディナイの両腕にぐっと力がこもる。新たな質問を寄越されて、離れるタイミングを逃してしまった。 「あの花冠」 「あ……うん、そうです……」 「恐ろしく鼻声だな、お前」 「ッ……仕方ないでしょ! 悪かったな!」  本当に、どうして窓から入ってきたのか。  帰りは屋根裏部屋の窓からというパターンは多々あったが、同じ窓から入ってくるという逆のパターンは初めてのことだった。 (わざわざ最上階までよじ登ってくるなんて、どれだけ体力持て余してるんだ)  片目の視力を失ったディナイだが、身体能力は以前と同じようだ。少し痩せた気もするが、それなりの健康体だと見受けられる。 (ただ、何だろう……)  無視できない違和感があった。  装着されたアイパッチ以外に、彼の出で立ちに何かしら引っ掛かるものがあった。 「シンや皆は元気にしているか」  違和感の正体を探るのを中断し、ステュは、真上にあるディナイと顔を突き合わせた。 「勇者様さ、みんなと会った? シン様と会った?」 「いいや。この屋根裏に直行したからな、まだ誰とも会っていない」 「ひっ、非常識っ、不謹慎っ、無作法だっ!」 「うるせぇぞ」 「みんな心配してたのに! どうして玄関から入ってこないんだよっ、早く顔見せに、ッ、いだだだだッ!」  両方のほっぺたを抓られた。  今の今まで、その身を案じていた一回り近く年下の若者に何たる仕打ちかと、ステュは新たな涙を双眸に滲ませる。 「面白ぇ顔」  ディナイはうっすらと笑みまで浮かべていた。 「あれ、被ってみろ」  涙で冷えていた頬から手が離れたかと思えば、今度は両腕を取られた。そのまま引っ張り上げられ、戸惑うステュの頭に花冠を乗っけてくる。 「深く被ったらトゲが刺さりそうだな」 「この花冠、トゲないよ。ローザが丁寧に取ってくれたんだと思う」 「へぇ」  窓から不意討ちの突撃帰還、片目にはアイパッチ、ただでさえ動揺しているというのに。 (これ以上、混乱させないでほしい……)  どうして、帰ってきて早々、これ程までに意味のないことをしてくるのか。もっと他にやるべきことがあるのではないだろうか? 「……もう外していい?」 「駄目だ」 「ッ……も~~! 何だよ! 早くみんなに顔見せにいって! 一安心させてきて!」 「夜も深まってきたし、それは明朝になってからの話だな」  ステュはやはり違和感を感じずにはいられなかった。何かが足りない。いつもそこにあったものがディナイから欠けているような――。 「俺からもお前に贈り物だ、ステュ」  ディナイはロングコートの懐から取り出したソレを、ふわりと、ステュの頭にかけた。

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