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深い森に囲まれた辺鄙な片田舎。
若者よりも年寄りが多かった。
見かけた子どもは、たった一人だけであった。
子どもは物珍しそうに花嫁を眺めていたが、年嵩の村人にあっちへ行けと追い払われていった。
余所者に対して警戒心が強い人々にあからさまに注視される中、村外れで野宿する許可を村長から得たディナイは、広場から直ちに立ち去った。
閑散とした村の中を突っ切って、水鳥の泳ぐ川に架かった木橋を渡り、活発な虫の羽音が行き交う草地を進んだ。
橋を渡る頃から後をついてきていた子どもは、川の畔でディナイが野宿の準備をしている間に姿を消した。
広場から追い払われる際、子どもは突き飛ばされた。危うく転倒するところだったのを、ディナイが支えて防いでいた。
作業を続けていると、間もなくして子どもは再び姿を現した。両親の手を引いて。
彼等はすぐ近くの木造小屋なる家にディナイを招いて、食事を振舞い、その夜の寝床を提供してくれた。
「母親は快活で気持ちのよい人だった。父親は夜通し旅の話を聞きたがって、少年みたいに好奇心旺盛な人だった。後から母親の祖父だという男が訪ねてきて、保存がきく干し果物をくれた。この村の住人は怖がりだから責めないでやってくれと、俺の手を握って詫びてきた。あの温かさは今でもよく覚えている」
村自体の印象は「まぁまぁ悪い」の一言に尽きたが、彼等と過ごした半日はディナイの記憶に刻まれていた。
「子どもは五歳だった。よく笑う、よく喋る、甘えたな腕白小僧だった」
母親は膝の上でジタバタしている子どもの頭を撫でながら、目を離したらいなくなる、よく転んで、怪我をして、手のかかる子だと、嬉しそうに話していた。
「その村に行き着く前、別の村で魔物を狩ったんだが、同じ年くらいの子どもにもらった絵本があった。それをあげたら、えらく喜んでくれた」
絵本は勇者の物語だった。
「立派な剣で魔物を打ち倒して、人々を救い、一国の姫と結ばれる」
絵本を読み終わった子どもは、ディナイを指差して言ったのだ。
『おにいちゃんも立派な剣をもってる、おにいちゃんも勇者なんだ、勇者様だ、すごい』
「一晩過ごして、次の日、別の地へ発つ俺にしがみついて泣きじゃくって、最後は両親に力づくで引き剥がされていった。笑顔が絶えない、思いやりのある、幸せに満ち溢れた一家だった。まさか、その一年後に両親が亡くなるとは……な」
黙って聞いていたステュの目の端っこからポロリと涙が零れた。
ディナイはすかさず指の腹で拭う。
「……どうして、何で、最初に教えてくれなかったの?」
「お前は混乱していた。昔話をしてさらに混乱させる必要はないと、伏せておくことにした」
「勇者様はすぐにわかったんだ? 俺のこと、俺の家族のこと、覚えててくれたんだ?」
ディナイは頷いた。
(俺、間違えてたよ、勇者様)
村で触手の魔物から助けられた後。初対面の人間にしがみついて泣くのは初めてだと、ステュは思った。
しかし、実際は、違っていた。
五歳のとき、ステュは初の武者修行に出た十六歳のディナイと出会っていた。別れ際、絵本をくれた彼にしがみついて、大泣きした。
記憶の底に沈んだ思い出。
ディナイだけは忘れずにいてくれたのだ。
「三年前のあの日、会いにいったんだ。夢のような時間をくれた家族に」
十八歳のステュはディナイの腕に触れた。触れるだけでは足りなくて、大好きな彼を力いっぱい抱き締めた。
「……勇者様……」
やっぱり、まだ、名前では呼べなかった。
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