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第6話 舘岡のターン!

最初は、面白味の無い顔の綺麗な男。 少し癖のある髪に、色の白い肌。学生服から覗く細い首。 自国で見る事の無かった、黒い学生服は真里夜の清らかさを引き立てていた。 隣に並ぶ自分がいかに、汚れているのかと思わせる程に、彼は清廉潔白。純真無垢。 そんな真里夜がオレに声を掛けてきたのは、クラス委員で教師に言われたからだった。 「・・・また、朝帰りだったのか?」 あくびをしていたのを見られていたのか、後ろから真里夜に声をかけられた。 「・・・別に。最近は、出歩いてねぇよ。」 「そう。まぁ、何か有れば言ってね。」 クラス委員の真里夜は、誰にでも平等だった。 最初、声をかけられた時は、今までの人間と同じだと思っていたが、それが真里夜の普通だと気が付いた。その事に、感じた事の無い感情が自分の中に沸き上がった。 それから、生活スタイルを見直す様になった。 真面目で品行方正な真里夜。そんな真里夜に、爛れた生活に幻滅されたく無い。そう思う様になった。 けれど、真里夜との距離は一定だった。 何人かのクラスメイトと、テスト勉強の為に真里夜の家に行った時に、その理由に気が付いた。 真里夜の家は、教育、医療、不動産と幅広く手掛けていた加賀グループの本家で、家には一つ下の従弟が一緒に暮らしていた。何度か来た事のあるクラスメイトは、真里夜よりもその従弟に会いに来たのかと思う程だった。 「はじめまして。僕は真里くんの従弟で、ユウタって言います!真里くん同様に僕もよろしくね。」 「・・・。」 「えー、無視ですかぁ~? 僕も、仲良くして欲しいだけなのにぃ~。」 少し、舌足らずな感じで摺り寄ってきた、従弟の態度に内心うんざりしてしまう。 「ユウタ、彼は舘岡静って言って、こっちに転校してきたばかりなんだ。」 「静さんって言うんですね~!! 名前もカッコイイんですね!!」 「・・・どうも。」 そう言って、腕に纏わりつこうとした従弟から、身を引くとクラスメイトの一人が、ユウタの気を惹きたかったのか、鞄からノートを出した。それを見た、真里夜の顔が一瞬しかめれた。 「ユウタ、それ・・・。自分の課題だろ? 手崎くん、あまりユウタを甘やかしたら、ユウタの為にならないから・・。」 「でも、可愛い後輩が解らないって聞いてきたんだし、教えて上げる位いいじゃないか。それに、半分以上はユウタ君自身がやって有ったし。」 「もー、真里くん。僕に意地悪しないでよぉ~。僕、何度も真里くんに教えてって言ったのにぃ・・・。」 「ああ、ユウタ君。加賀も、ユウタ君に冷たすぎるぞ!勉強位教えてやれよ!」 「・・・。そうだね。ユウタ、ゴメンね。」 なんなんだ?この茶番は?そう思った。 それから、何度か真里夜の家で勉強会はあったが、気が付くとユウタの部屋に一人二人とクラスメイトは消えて行った。 「あ、真里夜。トイレ借りていいか?」 「場所解る? みんな一度は迷うみたいなんだけど・・・。」 「ああ、大丈夫。」 真里夜の家は、確かに広かったが、迷う程じゃないだろう・・・と思いつつも、トイレへ向かうとその理由が解った。 「じょ~うさん!! 少し休憩しませんかぁ~?」 「・・・。」 なるほど。 そういう事か。 真里夜よりも少し、明るい髪に真里夜よりも小柄なユウタ。真里夜よりもコロコロと表情を変え、甘えた態度で真里夜の周りに摺り寄る。 何度となく、自分に媚びを売り摺り寄る人間を見て来たオレは、真里夜が他人に対して頑な程に一定の距離を取る理由が解ったきがした。 「漏れるから、そこ退いて。」 トイレの前を塞いでいた、従弟を押しのけ、その日からオレは真里夜の家に行くのを止めた。 「・・・舘岡、最近うちに来ないけど、勉強してるのか?」 「あー、それなんだけど・・・。真里夜、うちで教えてくれないか?」 「え・・・。」 「駄目か?」 最初、戸惑いを見せた真里夜だったが、人の頼みを断れない事は既に熟知していた。 そんな、真里夜を自分のテリトリーに連れ込んで、2年。 品行方正、清廉潔白。純真無垢だと思っていた真里夜も、普通にそういった事に興味のある男子高校生だった。 「・・・嫌だったか?」 初めてキスを仕掛けた時に、思わず聞いてしまった。 聞いておきながら、答えを聞く前に二度目のキスをした。 少し間を置いて出された答えに、我を忘れそうになった。 「・・・嫌では無い・・・かな?」 「そっか。」 そう言われて、した三度目のキスは舌先で、真里夜の唇を少し突っつく。 驚いて少し開いた隙間に舌を差し込むと、「ん・・ん。」と真里夜から、小さく声が零れたでた。 それから何度も、授業の合間の休み時間、図書室、放課後・・・と、人目が無い所で盗む様なキスをしたり、誘われるまま舌を絡めあった。 初めて肉体関係になった日は、図書館で勉強した帰り。 急な夕立にびしょ濡れになった真里夜を部屋に連れ帰った夏の日だった。 それから、何度となく真里夜と身体を重ねた。 お互いに言葉なんて無くても、同じ気持ちだと思っていた。 けれど、そう思っていたのは、オレだけだった。 真里夜と居る様になって、落ち着いた生活態度が祖父に報告され。 両親の元へと、呼び戻される事になった。 だけど、オレは真里夜との関係を終わらせたく無かった。 真里夜もきっとそう思ってくれていると思った。 加賀製薬の跡取りとして、真里夜が将来は家の為に結婚するつもりなのは聞いていた。 それならば、相手はオレでも良いんじゃないか? 何度、その言葉が口から出そうになったか・・・。 けれど、今の立場では真里夜の求める条件に当てはまらない事は解っていた。 だから、せめて約束が欲しかった。 ただ、そう思っていたのは自分だけだった。 「家の都合で、向こうに祖父の所に行く事になった。そ、それで・・・」 「そっか。元気でな。」 その一言で、真里夜との関係は終わった。 最後に見た真里夜の顔は、いつも見る笑顔だった。 それから、8年。 今だに真里夜は結婚もせずに居た。 パーティー会場の隅で、ドリンク片手に壁の華になっていた真里夜を見た瞬間、息が止まるかと思った。記憶の中の姿より憂い顔の真里夜。その背徳感を感じさせる雰囲気に周囲は遠巻きに見てるだけで声をかけに近寄る者は居なかった。 誘われてば断らない真里夜。 目の前で、他の誰かに連れ去れるなら・・・ そうやって、囲い込んだ真里夜の様子が最近オカシイ。 「なぁ・・、お前はどう思う?」 はぁ・・・と溜息をつきながら、手にしていた書類をデスクへ戻す。 「・・・さっさと、仕事してもらえませんかね?」 さっきから、書類を手にしては降ろしを繰り返していた舘岡へ、神経質そうな男はうんざり気味に言い捨てた。 「煩いなぁ・・・。持って行っていいよ。終わってるから。」 「はぁ!? だったら、さっさと寄越せよな。」 舘岡の手元から書類をひったくると、中身を確認し鞄へと男はしまった。 眼鏡のブリッジを押し上げながら、溜息をついた男は面倒臭そうにデスク前のソファーに腰を降ろした。長い脚を組み、出された珈琲に口を付ける。 「飲み終わるまでだからな。」 「あはは。じゃぁ、お替りも用意しておこうか?」 にっこりと微笑むと、神経質そうな男は諦めた顔をして珈琲カップを降ろした。 「まぁ、大方、原因はうちの子猫だろう。」 「あぁ・・・、あの馬鹿猫か。」 はっん。 鼻で笑った舘岡に、男も対して気にする様子もなく話を続けた。 「オイオイ。仮にもお前が寄越したんだぞ?馬鹿とはなんだ。」 「で、馬鹿猫がどうしたんだ?」 「妊娠したらしくてな。」 足を組みなおすと、背もたれにゆっくりと寄り掛かった男は、口元に笑みを浮かべて静の方を見た。 「それで?」 「あぁ、父親がな・・・お前なんだそうだ。」 「はぁ?!」 男の口元には、心底面白い様子が現れていた。 「いやー、吃驚だわ。しかも、見覚えのある指輪までご丁寧に付けてるんだわ。」 「はぁあ”あ””??」 「さて・・・どうしてものかね?」 にっこりと笑って舘岡を見た顔は、さっきまで浮かべていた笑みは消えていた。その顔に、今度は舘岡の口元が上がる。 「・・・・なるほど。それで、お前はどうしたいんだ?」 「勿論、決まっているだろ。」 バタン 男の出て行った方を、見ながら舘岡から溜息がでる。 妊娠ねぇ・・・。 舘岡は引き出しから、一枚の写真を取り出して手帳に挟んだ。

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