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第10話 見守る会発足。BY同僚一同
加賀真里夜は、物腰の柔らかな男だと思った。
入社前から、彼の噂は耳にしていた。
加賀製薬の跡取りとして、ゆくゆくはグループを率いる立場になる人間の教育係なんて荷が重い気もしたが、実際彼が入社して一緒に働く様になってその考えは変わった。
彼は教えた事はすぐに吸収し、自分の力で考え、行動も出来た。
それに反して、遅れて入社した従弟の方は、社内でもすぐに使え無いと判断され、総務部の花として添えられる様になった。
入社から、すぐに従弟は会社正面に、男と同伴出社する様になったかと思うと、しばらくすると別の男が送り迎えをする様になった。
それらが皆、加賀の婚約者候補だったという事を、課の飲み会で加賀本人が話していたのだ。
そう言われて、加賀の出勤時間や退勤時間がやたら早くて遅い事に皆納得した様だった。
この時、うちの部署で「加賀真里夜を見守る会」なるものが発足されたのは本人には秘密だ。
そんな加賀が、3ヶ月の海外出張から帰ってくると、見慣れない指輪をしている事に気が付いた。
加賀自身も、ぼーっとする事が増え自身の左手を眺めていたりと、部署内では誰が先人を切って聞きに行くか水面下で攻防を繰り広げていた時、あの従弟が盛大にエントランスホールで、やらかしてくれたのだ。
救いは、加賀の出勤時間が定刻より、早かった事で直に現場を目撃していた社員が少なかったと言う事だった。
あの従弟の出退勤に迎えに来ていた車が、加賀は3ヶ月の海外出張から帰ってきて、すぐに派手なオープンカーから黒の高級外車に変わった事に気が付いてはいた。
ただ、珍しい事に加賀も、車で出社する事が増えていた。
だから、今回は加賀自身も婚約者と上手くいっているのだと、部内では思っていた。
それが、あのエントランスホールでの出来事だ。
けれど、加賀は定時で帰る日も増えた。
最初は、従弟からの突撃を避けているのかと思ったが、加賀が会社から少し離れた所で停車していた車に乗り込むのを、目撃した時は「なるほど。」と納得してしまった。
となると、気になるのはやはり加賀の左薬指の指輪だった。
あの日、俺は、鬼の様な形相をして加賀の背中を睨みつけていた従弟を目撃していた。
それは目敏く、加賀の指に光る指輪を凝視していた様だった。
・・・アイツ、視力良さそうだよなぁ・・・。
同じ様に、目撃していた部内のメンバーを代表して、教育係だった俺が加賀に指輪の真意を聞く事となったのだが・・・
さて・・・どうしたもんか?
実際、俺は指輪なんて強請られるまま買った物しか知らない。
その時は、人気のデザインだの、イメージモデルがイケメンだのと色々言われてそのモデルが使用した指輪と同じ物を買わされたんだっけ・・・。
むしろ、それは死ぬほど苦労したからデザインも細かい所まで覚えているのだが・・・。
あとは、素材くらいか?
そんな俺が、どうやって指輪に触れようかと思っていると、加賀はなにやら浮かない顔で自分の手を眺めていた。
「あ、それ? 女子社員とお前の従弟がわめいてたやつ。」
「え・・?」
「あー、このデザイン、オレでも知ってるわ!」
「そうなのか?」
「結構前に流行って、オレもその時の彼女に強請られた。」
「そうなんだ。」
「ちょっと見せて貰っても良いか?」
思わず、加賀の左手を掴んでしまうと、慌てて加賀が指輪を外して掌に乗せてくれたのだった。
「あぁ、悪りー。だから、デリカシーが無いっていわれんだよなぁ・・・。」
なんて言いながら、指輪をかざしたりして、じっくりと見る。
!!
これって・・・。
加賀が少し不安そうな顔で、こちらを見ていたのでそっと加賀の手に指輪を返した。
返された指輪をそのまま嵌めなおす加賀の姿を見て、自分の事の様に嬉しくなってしまった。
「加賀、良かったな。」
「え?」
「指輪もだけど・・・、お前のそんな顔初めて見たわ。」
「・・・?」
「まぁ、色々大変そうだけど・・・頑張れよ。」
ポンポンと加賀の肩を叩いて、自分の席へと戻った。
加賀は少し不思議そうな顔をしていたが、すぐに仕事モードに切り替わっていた。
ポンッと、ポップアップ音がなり目を向けると、部内チャット(加賀を見守る会)からメッセージ
が飛んできていた。
『で、指輪の真相は?』
『あ!聞くの忘れた・・・』
『はぁ?!』
『けど、あれは本物だ。』
『いやいや・・・意味解らんし!!』
そんな会話を先日したと思ったのに・・・。
あの従弟がまたもや、やらかしてくれたらしい。
『ねぇ!!加賀くんと同じ指輪を、あの姫が付けてるんだけど!!』
『はぁ!?何それ!! また、あの寝取り姫やったわけ!?』
荒ぶるメッセージ達に、加賀の方を見ると顔色が悪い様に見えた。
『ちょっと、加賀の様子見てきます!』
怒涛の様に流れているメッセージに返信すれば、すぐに『後で、報告よろ』と返ってくる。
メッセージを確認している間に、自席を離れた加賀の後を追うとトイレの壁に凭れている姿を見つけ、思わず焦ってしまう。
「オイ、加賀。お前、顔色悪くないか?」
「え・・・?そうかな?」
「唇も、色変だし。病院行って来いよ。部長には伝えとくし。」
「・・・悪いな。そうす・・・・る・・・・。」
「か、加賀?!!!!」
目の前で加賀の意識が遠退くのが解った。
産業医が近隣の病院へ搬送手配をすると、俺は加賀が届けていた緊急連絡先へと連絡を入れた。
それから三日。
加賀はまだ会社には復帰出来て居ない。
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