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第11話 十月某日【ケンカはよそでやれ】蓮見
呼び出した鴫野の姿を探して廊下を歩いていると、その姿を見つけた。まではよかった。そこで、俺の目の前で問題が起きた。鴫野が、何やら三年の男子生徒に絡まれ始めた。よく見れば、相手は長谷川だった。あのバカ。
教室前から約十メートルほど、俺は全力疾走する羽目になった。
「なんだよ」
「……べつに、なんでもないっす」
「は?」
「……色男だな、って思ってただけっすよ」
「……お前、なんなの」
そんな二人の会話が聞こえた。長谷川も無視しろよ。頼む。
「鴫野!」
息を切らせたまま、慌てて二人の間に割って入る。鴫野も長谷川も背丈は一九〇センチくらいある。間に入る俺の身にもなってほしい。二人からの圧がすごい。
あと鴫野は陰キャで文化部なのに運動部とフィジカルで張り合おうとすんのやめろ。長谷川は体幹お化けだから、絶対無理だから。
二人の胸を手で押し返して、なんとか物理的に距離を離す。
「長谷川、こいつ何かした?」
鴫野を背後に庇うようにして長谷川を見た。俺の顔に免じて引いてくれねーかなと思う。そんなに甘くないだろうけど。
「……や、してねーよ。ちょっとキモかっただけ」
長谷川は抑揚のない声で答えた。こんな状況だけど、普通に喋っていて少しだけ安堵した。
「最近、よくそいつといるよな」
「……まあ、な」
なんだよ見てるじゃねーか、と言いたかったけど飲み込んだ。今はその話をしている場合じゃない。
「まぁ、いいけど。じゃあな」
落ち着いた声で言って、踵を返す長谷川。
後ろにいた鴫野が俺の横から飛び出したのを、視界の端で捉えた。
「鴫野!」
名前を呼んで、手を伸ばしたけど間に合わなかった。クソ。
「離せよ」
長谷川が鴫野を睨む。鴫野も負けじと長谷川を睨んで、襟元をしっかりと掴んでいた。手が震えている。無理すんなよバカ。
「鴫野」
もう一度呼ぶと、鴫野は渋々といった感じで手を離した。
「ごめん、長谷川」
「いいよ。……蓮見、そいつとやった?」
一瞬で頭に血が上った。
なんで、それを、お前が言うんだよ。
気がついたら、長谷川の頬を叩いていた。
知ってるくせに。わかってるくせに。
廊下に乾いたいい音が響いて、行き交う生徒が足を止めてざわついた。
「は、いいビンタ」
長谷川は怒るでもなく、悲しむでもなく、笑った。諦めたみたいな、呆れたみたいな、感情の薄い笑みだった。
「じゃあな」
やけに清々しい声だけ残して、長谷川は踵を返して、頬をさすりながら階段を降りていく。
俺は呆然と後ろ姿を見送った。
「先輩、めちゃくちゃいいビンタっすね」
ぼんやりと立ち尽くす鴫野が言う。なんでお前ら揃いも揃って同じこと言うんだよ。
泣いたらいいのか笑ったらいいのか、わからなくなった。
鴫野が長谷川に掴みかかったのは少し痺れた。陰キャで大人しそうな鴫野がそんなことをしてくれるとは思わなかった。少し見直した。
「いくぞ、お前んち」
鴫野の手を掴む。見上げると、鴫野は笑った。
まだ心臓が煩い。脳裏には長谷川の襟元を掴んだ鴫野の横顔が焼き付いていた。目の前であんなの見せられたら、誰だってそうなるだろ。
行き先は、いつも通り鴫野の部屋だった。
いつもは俺が真っ先に陣取るベッドまで、鴫野を連れていく。
「やるぞ」
「先輩、言い方」
じゃあなんて言えばいいんだよ。何を期待してんだよ。かわいい誘い方なんて期待すんな。
「格好よかったよ、お前が、長谷川に掴みかかったの」
「あざす」
「あんま無茶すんなよ。あいつ、元バスケ部なんだから」
「まじすか」
あれ、言ってなかったっけ。
「長谷川。俺の元セフレで、元バスケ部」
「はぁ」
あいつの横っ面を引っ叩いて、吹っ切れたのかもしれない。
あいつに掴み掛かった鴫野が、めちゃくちゃかっこよく見えてしまった。もうダメだ。認めるしかない。
「好きだよ、鴫野」
鴫野が口を開く前に、唇を塞いだ。首の後ろに手をかけて引き寄せたから、そう簡単に逃げられないはず。
そのまま舌を捩じ込む。鴫野が何か声を上げるけど、無視した。
こいつと、やりたい。ぐちゃぐちゃにされたい。
口の中を散々味わって、唇を離す。
「しぎの」
俺が呼ぶと、ぼんやりしていた鴫野が笑った。
「どうしたんすか」
鴫野は優しく、柔らかく笑う。目を細めて、口角が少しだけ上がる。
「抱けよ」
喉が渇いていた。そのせいで、声が掠れる。それが余計に俺の興奮だとか緊張だとか、期待だとかを物語っているようで悔しい。
「……ッス」
鴫野は硬い声で返事をして、俺を見た。
「準備、します?」
こんなことになるなんて思ってなかったし、今日はちょっとイチャつければよかったから、準備なんてしていなかった。
「お前、やり方わかる?」
「なんとなく……」
「いいよ、教えてやる。風呂いくぞ」
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