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第21話 十二月某日【初デート】蓮見
鴫野との初デートは、高校の最寄駅から電車で十分、さらに歩いて五分のところにある海岸になった。
近場だけど、何もない海岸だ。おしゃれなカフェがあるわけでもなく、近くにも昔ながらの商店街があるくらいで、地元の人間はそれほどいない。夏は観光客で賑わうが、冬ともなれば、物好きな観光客が疎らに訪れるくらいだった。
高校の最寄り駅で昼前に待ち合わせて、電車で二駅。そこから五分ほど歩くと、海岸についた。
俺はニットにデニムにロングコートにマフラー、鴫野はニットにチノパンにモッズコート、マフラーという出立ちだった。防寒は完璧だ。
冬の始まりの海岸は、冷たい海風が吹き付ける。
広い砂浜と、遠くに空と海の境目が見える。ずっと聞こえる波音以外には、微かな海風の音がするだけだった。
冬の海は、あまり来たことがなかったから新鮮だった。本当に週末かと思うくらいに、誰もいない。世界に俺と鴫野しかいなくなったらこんな感じなのかと思った。静かで、自分の呼吸が煩いくらいだった。
「貸切、っすね」
「そうだな」
どうやら俺と同じようなことを考えていたらしい鴫野は、背負っていたリュックからカメラを取り出した。デジタル一眼。多分それなりに高い奴。
「カメラ持ってきたんです。撮っていいすか」
リュックに何が入ってるのかと思えば、カメラだった。そういえば写真部だったのを思い出す。
「いいよ。なんかポーズとかする?」
「普通にしててください」
鴫野は笑った。言われた通り、俺は視線を水平線に向ける。風の音と、波の音。潮の匂い。切り付けるような鋭さの冷たい風が頬を撫で、髪を揺らしていく。
すぐ側で、シャッターの音が聞こえる。
そのファインダー越しにある鴫野の視線のことを考えると、胸がくすぐったくて俺はなんとなく下を向いた。
「お前、写真好きだよな」
「まあ、これくらいしか取り柄がないんで」
鴫野はそう言うが、立派な才能だと思う。鴫野の写真には、俺の感じた温度とか匂いとかを感じた。だから、あの日俺は鴫野の写真にあんなに感情を乱された。たまたまかもしれないけど、俺にとって、鴫野の写真はそういうものだった。
「楽しい?」
「はい」
視線を鴫野に戻すと、真っ直ぐ俺を見て頬を緩めた。本心なんだろうなと思った。
「俺にも撮らして」
興味が湧いた。鴫野が好きな写真に。
「使い方、わかります?」
「なんとなく」
俺はカメラの知識はないに等しい素人だ。鴫野は何ヶ所かボタンを弄って、ごついストラップを俺の首にかけてカメラを渡した。重い。絶対高い奴だ。
「ここが、シャッター。ピントはこっちのレンズ回してください。あとはカメラがいい感じにしてくれるんで。撮ったやつは、このボタンで」
鴫野の指先が黒いカメラの機体の上を滑っていくのをぼんやり眺める。
「ふーん」
こいつ、こんな生き生きと喋るんだなと感心した。俺と喋るよりも声が元気な気がしてちょっと悔しい。
両手で持ってもずしりとした重みを感じる、鴫野のカメラ。
「これ、お前の私物?」
「はい。去年のコンクールで貰った副賞っす」
「はは、すげーな」
賞を貰えるような写真を撮れるんだから、すごいと思う。
はにかむ鴫野の表情を、シャッターを切ってカメラに収めた。モニターには、俺が撮った鴫野の笑顔が映っていた。
「見ろよ、俺の処女作」
鴫野にモニターを見せると、鴫野は笑って、上手っすね、と言った。
リップサービスだとしても嬉しい。
画面を戻そうとモニター脇のボタンを押すと、ボタンを押し間違えたみたいで写真が切り替わった。
鴫野の撮った、俺の写真だった。
鴫野の見える世界を垣間見たような、いけないことをしているような甘い背徳感が胸をくすぐる。
ぼやけた青い空と砂浜を背景に、佇む俺の横顔が切り取られていた。
俺じゃないみたいだった。
「お前、上手だよ、写真」
溜め息みたいに、声が漏れた。
目が逸らせないまま、俺の意識はまた、鴫野が撮った写真から何か拾い上げようとする。鴫野が俺に向けている感情や、その温度みたいなものだ。冷たい色の多い写真なのに、優しい、あったかい感じがする。
それは、俺の願望でしかないのかもしれないけど。
「……ありがとうございます」
鴫野は笑っていた。
俺もつられて笑った。
鴫野の気持ちに、少しだけ近付けたような気がした。
その後も、俺と鴫野は写真撮って、歩いて、話をした。
卒業したらどうするとか、好きな食べ物とか、部活の話とか。ずっと他愛無い話をした。
もう結構話はしたと思ったのに、まだ知らないことだらけで、それでもまた少し鴫野のことを知ることができたのが嬉しかった。
耳は冷たいし鼻も寒くて赤くなっているのに、こんなデートも、悪くないと思った。
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