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第31話 一月某日【年の初めの】鴫野

 結局、クリスマスが終わるまで、先輩は家にいてくれた。母親と俺と先輩と三人でささやかなクリスマスパーティーをして、そのあとは先輩をいただいて。最高のクリスマスだった。 「年が明けたら、初詣行こうぜ」  帰り際。玄関で、先輩が靴を履きながら言った。 「いいっすね」  それより、先輩と姫はじめしたいんですけど。とは言えなかった。  先輩を見送ったのは、クリスマスが終わった翌日の夕暮れ前。  ベッドに先輩が残していった匂いが薄まっていくのを寂しく思いながら、大掃除やらなんやらをして年末を迎えた。  早く、先輩の匂いをいっぱい吸いたい。  いっぱい吸って、抱きしめて、キスして、舐めて、蕩けた顔を覗き込みたい。手を握ってシーツに押し付けて、前立腺をいっぱいいじめて、奥まで入って、とろとろにして、ぐちゃぐちゃにしたい。  俺の下で、甘く喘ぐ先輩を見たい。  遠く聞こえる除夜の鐘くらいでは、俺の煩悩は消えはしなかった。  年末年始はメッセージを送り合って、何とか乗り切った。  すでに正月番組に飽きてしまった元旦の夕方、先輩からメッセージが届いた。 『課題終わった?』  もちろん終わっていた。  先輩に会えないフラストレーションをぶつけた結果、瞬殺だった。足りない分は筋トレして、ランニングした。  完璧だと思う。 『全部終わりました』 『じゃあ明日、初詣行こうぜ』  初詣、か。なんかデートみたいでいいなと思った。ていうか、初詣に行くようなところなんて近所にあったっけ? あまり近場の初詣には行ったことがないから、どこにどういう神社があるのかよく知らなかった。  そんなことを考えていると、先輩から地図が送られてきた。 『昼の一時にここの駅に集合な。前に行った、海のとこ』  目的地は、家からは二駅。前に先輩と行った海と同じ駅だった。こんなとこ、あるんだと思った。  なんにせよ、新年早々また先輩と出掛けられるのが嬉しかった。 『了解です』  短いメッセージを打ち込んで送信ボタンを押す。  アプリの画面に送信したメッセージが表示されたのを確認して、俺は別のアプリを立ち上げる。電車の時間を調べると、ちょうど五分前に到着するいい電車があった。乗る電車は決定。  早く会いたい。明日が待ち遠しい。  そんなことを思いながら、俺はアプリを閉じた。  朝は弱いはずなのに、目覚ましより早く目が覚めた。目覚ましのアラームは十時に鳴る予定になっているのに、今は九時過ぎだった。ベッドからカーテンを捲って外を見ると、青空が見えた。出かけるには良さそうな天気だ。  目覚ましが鳴るまで時間はあるけど、先輩に会えると思うと嬉しくて、もう布団から出てもいいかなと思えた。  朝食を食べて、昨日のうちに選んでおいた服に着替える。兄から届いたお下がりの中で、一番良さそうな服を選んだ。アウターは前に着ていったモッズコート、それにニットとキレイめのスウェット素材のパンツ。髭は剃ってない。髪は、下ろしていこう。どうも先輩は、髭ありで髪を下ろしたのが好きらしいから。  順調に支度を終えて、家を出て駅に向かう。地方都市といった風情の駅には、人は疎らだった。乗り込んだ電車も、そこまで混んではいなかった。  二駅先の目的地で電車を降りて、改札を出る。待ち合わせた駅も、やはり人は少ない。  時間はちょうどいいけど、周りに先輩らしき姿はまだ見当たらなかった。  改札を出たところで後ろから肩を叩かれた。  振り返ると、先輩がいた。オーバーサイズのロングコートに、タートルネックのニットとトラウザー、足元はスニーカー。今日も先輩はおしゃれだった。 「偉いな、ちゃんと俺より先に着いてる」 「先輩」  そりゃ、あんたと初詣なんで、遅刻なんてしませんよ。 「あけましておめでとうございます」 「ふふ、あけましておめでとう」  新年の挨拶をしたところで、先輩は俺の腕を掴んで歩き出した。 「行こうぜ」  先輩の声が心なしか明るい気がするのは、髪を下ろしてきたせいだろうか。  先輩を追って、駅からから歩いて五分。  石段を登った先にある境内には結構参拝客の姿があった。知り合いがいないか少し不安だったけど、幸い、知ってる誰かに会うことはなかった。  拝殿に並んで、お賽銭を投げて、受験がうまくいくようにと、先輩と仲良くできますようにとお願いをした。  幸い、今のところ喧嘩はしていない。今年も喧嘩しないで過ごせたらいいなと思う。  お参りをした後、先輩がふらりと社務所の方に向かった。俺は黙ってついていく。  先輩はお守りを手に取って、巫女さんに代金を渡した。先輩もお守りとか買うんだなと思っていると、先輩が今しがた手にしたそれを渡された。見ると学業成就のお守りだった。 「やるよ。お前、今年受験だろ」 「ありがとうございます」  嬉しい。先輩がくれたってだけでご利益がありそうだ。絶対毎日持ち歩こ。 「おみくじは?」 「凶出たら凹むんでやめときます」 「はは、そうそう出るかよ」  先輩は笑う。先輩は凶とか出ても気にしなさそうだなと思う。そういうところも好きだ。 「じゃあ、いくか」 「っす」  先輩に続いて境内を出て、石段を降りる。 「なあ、鴫野」  先を歩く先輩に呼ばれて、先輩を見た。可愛らしい旋毛が見える。 「大学の間は無理かもだけど、そのうち一緒に住もうぜ」  先輩は何の気なしに言った、という感じだった。あまりに自然で、それでも俺の心臓は大きく跳ねて、思わず聞き返していた。 「は」  一緒に、住む?  先輩、さらっとすごいこと言いましたけど。 「っ、今の、なし」  思わず聞き返したら、まずいことを言ったと思ったのか、先輩は慌てて無かったことにしようとした。 「いや、ちゃんと聞いてましたから」  足を止めて振り返った先輩は上目遣いで俺を睨んだ。少しだけ顔が赤い。かわいいから、そんな顔しないでほしい。 「先輩、俺と、一緒に住んでくれるの?」 「……そうだよ」  先輩は目を逸らして再び石段を降りはじめた。耳が赤いのは、寒いからではなさそうだった。  嬉しすぎる。先輩はすぐ重いって言うけど、全然そんなことないのに。 「嬉しい。俺、受験頑張ります」 「おう」  嬉しい。先輩がそんなことまで考えているとは思わなくて、また好きな気持ちが加速する。  石段を降りきったところで、人通りも疎らな道に出た。 「先輩、今日、って」 「なんだよ」  先輩に並んで、手を掴んだ。先輩の冷えた指先に、俺の体温が滲んでいく。 「あ、の、姫はじめ、しませんか」  声が震えた。けど、言えた。もっとマシな言い方がある気はするけど、今の俺にはこれが精一杯だった。 「……お前、言い方」  俺を見上げて、先輩は笑った。 「いいよ」  その笑みは見たことないくらい甘やかで、胸が震える。人目がなかったら今すぐ抱きしめたいくらいだった。 「今から、うち、来るか?」 「え」 「今日から、親が実家に挨拶に行ってて俺だけなんだよ」  そんなお誘い、乗らないわけにはいかない。こんなの、チャンス以外の何物でもない。 「あんた、ほんと、そういうの、ずるいっすよ」 「来るだろ?」  悪戯ぽい笑みを浮かべて言われたら、俺はもう頷くしかない。 「……ッス」  初めて先輩の家に行ける。いつも俺の家だから、新鮮で少し緊張する。 「飯、雑煮でいい?」 「先輩が作るんすか」 「そうだよ」 「食べます。絶対食べます」  食い気味に答えてしまった。姫はじめ、先輩の手料理つき。なんだこれ。最高か。

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