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第43話 二月某日【パスタ】蓮見

 その後俺と鴫野がやってきたのは、昔ながらの、食事もできる喫茶店。鴫野の調べではパスタが美味しいらしい。  昔からやってそうなレトロな内装が、雰囲気があっていい。木のテーブルに木の椅子。店内は濃い茶色が多くて少し薄暗くて落ち着いた空気が流れている。席が空いてるのは、穴場なのか、昼時よりも少し早いからなのかわからなかった。 「先輩、そんな食うんすか」  鴫野は俺の注文内容を見て少し引いている。  俺の前に並ぶのは、ハンバーグの乗った大盛りのナポリタン、ランチセットでサラダスープ付き、コーラ、そこにパフェ。しかもでかいやつ。 「運動部の男子なんてこんなもんだろ」  周りも大体こんな感じだったから普通だと思ってたけど、どうやらそうじゃないらしい。  鴫野の前に並ぶのは普通盛りのミートソースと、ランチセットのスープとサラダ、アイスティー。  お前こそ少食すぎじゃね? 「こわ……」  鴫野は引いている。なんでだよ。お前が少食すぎるんだよ。 「これくらい普通だろ。運動部だし」 「そういうもんすか」  どこか納得できていない様子の鴫野。 「一口食わせて」  俺が言うと、鴫野は何を思ったのかフォークでパスタをくるくると巻き始めた。ああ、それってもしかして。  他に客もいないし、気づいてないなら、まあ、それでもいいんだけど。 「はい」  鴫野は普通にそれを差し出してきた。  パスタに絡んだ肉多めのミートソースが美味そうだった。  わかってないというか、無邪気というか。俺は嬉しいから、まぁいいか。  口を開けて一口分のパスタをもらう。 「うまいな」  挽肉多めのミートソースはちゃんとトマトソースの味と肉の旨みがあって美味しかった。 「そうすね」  鴫野のリアクションは普通だった。気付いていないようなので、俺は口の端を釣り上げて笑ってやった。 「お前、結構大胆だな」 「は?」 「外でこういうことすんの」  お返しに一口分のナポリタンをフォークに絡め取って差し出してやると、鴫野の顔があっという間に赤くなる。  まじか。気づいてなかったのかよ。 「美紀孝」  照れる鴫野に、フォークを突き出す。 「食えよ」  俺が笑うと、目を逸らした鴫野はおずおずと口を開けてパスタを食べた。 「うまい?」 「……うまいです」  かわいいの。  さっきまで感じていたもやもやしたものは、気がついたらどこかへ行ってしまった。  案外、俺も単純なのかもしれない。  帰りの電車に乗り込むのは少し寂しかった。二人掛けの席に隣り合って座る。後一時間もしたら、駅に着いてしまう。 「なあ、みきたか」  鴫野を呼ぶと、鴫野は俺の顔を覗き込む。 「俺とももっと喋れよ。何でもいいから」 「何でも、って」  鴫野が笑う。 「しりとりでもします?」 「そうじゃねーよ」  俺も笑う。もう、なんでもいいから、もっとずっと鴫野と話がしたい。 「こう、楽しかった?」 「ん。楽しかった。また、行こうな」 「受験終わったら、いろんなところ行きましょ。海とか」 「そ、だな」  すぐ隣にある鴫野の体温と穏やかな声が心地好い。電車の走る規則的な音と揺れも相俟って瞼が重くなってくる。  海もいいけど、俺は鴫野と水族館に行きたい。シャチがいるとこ。ショーを最前列で観て、一緒に水被って。ずぶ濡れになりたい。風邪ひきそうだからら、行くなら夏かな。  そんなことを、ちゃんと言葉にできただろうか。  背中に当たる西陽と隣の鴫野の温もりがあったかくて、俺の意識はとろとろと溶け出していた。 「こう」 「んあ」 「もう、着くよ」  優しく揺り起こされて、俺は目を擦る。そんなに疲れている自覚はなかったのに、はしゃぎすぎたのか、いつの間にか俺は鴫野の肩にもたれて寝てしまっていた。 「わり、寝てた」 「いいっすよ、全然」  時間は、日暮れが迫る夕方の入り口だった。帰ってしまうのは少し惜しい時間だ。 「この後、どうします?」 「うち、来いよ」  言ってちらりと鴫野を見上げると、喉仏が上下するのが見えた。  わかりやすい奴。だけどそんなところが堪らなくかわいくて愛おしい。  俺が笑うと、鴫野は少し照れたように目を逸らした。 「……ッス」  停車駅を告げるアナウンスが聞こえた。  鴫野の手を引いて席を立つと、鴫野は素直についてきた。もう少しだけ、こいつと話していたい。 もう少しだけ、独占していたい。  振り返ると鴫野は甘やかに笑って、俺の手を握り返した。

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