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第45話 三月某日【犬かもしれない】鴫野

 ゴムをつけて、ローションを垂らして。必要なものは全部先輩の制服のポケットから出てきた。先輩、準備良すぎでしょ。どうなってんの。  俺は対面座位で、下着とスラックスを中途半端に脱がせた先輩を抱え上げる。太腿まで下げただけの制服と下着は先輩の自由を奪っていた。うまく動けない先輩を抱えて、ゆっくりと先輩を揺する。 「っ、ん、う」  先輩の自重で勝手に深くまで入ってしまうからか、先輩は苦しげな声を上げる。 「こう、大丈夫?」 「ん、い、から、動け、よ」  せつなそうな声をあげて、先輩は俺にしがみつく。 「声、出せねーように、キス、して」  言われるままに唇を塞いで、抱えた先輩をゆったりと揺する。ほんとこの人、なんでそういうこと言うの。どこで覚えてくるの。  先輩の締まった尻の肉を掴んで、ゆっくりと腰をうごかして先輩の中を擦る。鍛えててよかった。前のままの俺なら、絶対こんなことできない。  先輩の中は熱くて気持ちいい。時々甘えるみたいにきゅうきゅうと俺を締め付けて、俺を昂らせる。  先輩は必死にしがみついて、俺の唇に食らいつく。俺を求めるみたいなキスに、心臓の裏側をくすぐられる。この人、どれだけ俺のこと煽れば気が済むの。  突き上げる俺の先端はずっと奥の窄まりに当たっていて、そこも甘えるみたいに吸い付いてくるから、すぐにいきそうだった。 「ン、む」  奥を叩くたびに上がるくぐもった声がまた煽情的で、俺は突き上げるのを止められない。先輩の言葉の体をなさない甘い声だけで、気持ちよさそうなのがわかる。先輩が感じてくれているのが嬉しい。 「んふ、ぅ」  吸い付くような奥の窄まりを捏ね回して優しく突き上げると、先輩は甘く鼻に抜けるような声を上げる。 「んう、みきたか、いきそ」  唇が離れて、唇が触れ合いそうな距離で言葉を交わすと、湿った吐息が一緒に唇をくすぐる。 「いいすよ、いって、こう」  奥を強めに突き上げると、とうとう深いところに俺の先端がはまって、先輩の身体が跳ねる。先輩が喉を引き攣らせて、背中がしなやかに反った。  腹の下に視線を落とすと、先輩につけたゴムの中に白いものが溜まっていた。 「こう、もう少し、できる?」 「ん」  俺は先輩の中を突き上げる。中は熱く泥濘んで、不規則に俺を締め上げる。  先輩をきつく抱きしめて、先輩も俺にしがみついて、制服が邪魔なくらい身体がくっつく。一番奥の柔いところを捏ねて、薄い膜の中に熱いものを吐き出した。  戦慄く先輩の中で、何度も脈打つ。気持ちいい。熱くて柔らかくて、甘えるみたいに縋りついてくる、先輩の腹の中。 「みきたか」  先輩のうっとりとした声がして、俺は伏せていた瞼を持ち上げる。  差し込んでくる真っ白い陽射しが眩しい。  白昼堂々と、卒業式をさぼって先輩といけないことをしているのを責められているような気はするけど、腕の中で震える先輩の温もりがあったらそんなものはどうでも良くなってしまう。 「こう、大丈夫?」 「ん、へーき」  ゆっくりと引き抜いた俺のちんこには、たっぷりと白いものが溜まったゴムが垂れ下がっていた。  先輩が出してくれたティッシュに包んで、制服を汚さないように後始末をした。戻る時にどこかのゴミ箱に捨てないと、なんて思っている俺の隣に腰を下ろして、先輩は身なりを整えている。  気怠さの残る身体はまだ動きたくないと言っているけど、流石にそろそろ戻らないとまずい。森下に任せっぱなしだ。腕についた撮影係の腕章が無言の圧力をかけてくるので、俺はそっと立ち上がった。 「戻んの?」  先輩が俺を見た。そは顔は少しだけ寂しそうで俺は後ろ髪を引かれる。 「そうっすね。こうは?」 「もう少し休んだら行く」  先輩は気怠げに髪を指先で梳く。 「わかりました」 「美紀孝」  呼び止められて振り返ると、先輩が手のひらを差し出していた。手のひらの上には、制服のボタンが一つ乗っている。金のボタンは、年季が入って少し凸凹して、塗装も少しはげている。 「やるよ、第二ボタン」  俺の心臓が跳ねた。先輩の心臓に近いその場所で、三年間を過ごしたボタンだ。女子たちが欲しがるであろうそれが、先輩から差し出されている。  あわよくば欲しかったけど、きっと俺が貰いに行く頃には無くなっているだろうと思っていたそれ。  俺は躊躇いながら先輩の手のひらからボタンを拾い上げた。金属の感触のボタンだった。 「ありがとうございます。これ、今取っちゃっていいんすか」  これからまだ式はあるから、無いとちょっとまずい気はする。 「いいよ。スペアあるし」  どうするんだろうと思っていると、先輩は新しいボタンを付け始めた。下から一個ずつずらして付け直している。悪い男だ。  だけど嬉しい。先輩の第二ボタンを狙ってた子たちには悪いけど。 「家宝にします」  俺が言うと先輩は楽しげに笑った。 「お前の第二ボタンは、俺が予約、な」  甘い笑みと一緒にそんなこと言われたら、俺は頷くしかない。あと一年、この第二ボタンを守り抜かないといけない。 「はい」 「またあとでな」 「はい」  先輩の第二ボタンをポケットにしまって、静かに階段を降りる。途中のトイレのゴミ箱にティッシュに包んだゴムを捨てて、人気のない廊下を走った。  戻った体育館には、来賓の退屈な話が響いていた。 「おせーよ、鴫野」  席に戻ると、隣の席に座っていた森下が小声で俺を小突く。 「ごめん」 「カメラ使わせてもらったけど、めちゃくちゃいいな、それ」 「だろ」  どうやらカメラのおかげでそんなにご機嫌は損ねていなかったみたいで安心した。  俺は急いでカメラのストラップを首にかける。  セッティングは森下がある程度弄ったみたいでそんなに大きく変えなくても大丈夫そうだった。  退屈な話を聞きながら、カメラの設定を少しだけ調整する。試し撮りを何枚かして準備ができた頃、先輩が戻ってくるのが見えた。  式が終わる前に戻ってきてくれて安心した。  森下の目を盗んで、俺は退屈そうな先輩の横顔をこっそり写真に収めた。制服姿の先輩を、写真に収めておきたかった。  その後、式はつつがなく進み、無事終わった。  これで先輩は卒業。来月には大学生になってしまう。会えなくなるわけじゃないけど、なんだか寂しく思った。  先輩はバスケ部の追い出し会の後、写真部の追い出し会にやってきた。写真部の部室にやってきた先輩の学ランのボタンはほとんどなくなっていた。そんな先輩が俺に第二ボタンくれたの、やばくない?  写真部の追い出し会はいつも通りのお茶会だった。先輩は完全に写真部に馴染んでいて、コミュ力の違いを思い知らされた。  夕暮れ前、みんなで写真を撮って会がお開きになった帰り、みんなが帰るのを後ろからそっとついていって、こっそり二人で抜け出して家へ向かった。  俺の部屋に入るなり、俺は先輩を腕の中に閉じ込めた。後ろから先輩を抱きしめて、鼻先を先輩の首筋に埋める。  先輩からはシャンプーの匂いがする。  なんだか寂しくて、先輩を離したくなかった。もう高校生じゃなくなってしまう先輩。ずっと先輩でいてほしい。どこにも行かないで、ずっと俺だけのものでいてほしい。  そんな子どもっぽい思いが、寂しさが、胸を埋めていた。 「どうした?」  先輩は抱きついて離れない俺に甘い声を吹き込む。 「ね、先輩、ちゃんと、会いに行くから」  泣きそうで顔を上げられなくて、先輩の首筋に顔を押し付けたまま、俺は震える声で言った。声が震えてんの、カッコ悪いけど。 「ばか、おまえ、受験生だろ」  先輩が笑った気配がして、雑に頭を撫でられる。犬じゃないんだから。と思ったけど、犬みたいなもんだった。あんたが何か嬉しいことをしてくれたら、俺は千切れるくらい全力で尻尾を振ってしまう。 「俺が来るから、浮気すんなよ」 「誰に言ってるんすか」  俺は思わず顔を上げた。俺が、浮気なんかするわけないでしょ。そんな俺に先輩は笑って、お前にだよ、と言った。 「悪いけど、俺、あんた以外に興味ないですよ」  はっきりと言葉にすると、先輩はまたあの挑発的な笑みを浮かべる。 「流石、美紀孝は言うことが違うな」 「当たり前でしょ。あんたの彼氏なんだから」  その後しばらく、俺は先輩から離れられなかった。先輩はずっと、俺の気が済むまでそのまま頭を撫でてくれた。  それが無性に嬉しくて、本格的に、犬かもしれないと思った。

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