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第56話
ポロっと零れた涙を琉生が優しく拭う。
そのまま頭を撫でられた佑里斗は、彼に抱きしめてほしくなったけれどそれを堪えて顔を上げる。
「ごめんなさい。急に困るよね」
「困んないよ」
「あ……えっと、今から講義?」
「うん。お前は?」
「俺も。……行かなきゃ」
時計を見れば講義が始まるまであと五分しかない。
「昼に話聞くから、それまで泣かないこと」
「え?」
突然琉生から言われた言葉に、佑里斗は小首を傾げる。
「一人で悩んでも、良い解決策はでないと思う。だから一緒に考える。一緒にいる時はいくら泣いたっていいから、一人で抱え込まないこと」
「……先輩」
「はーい」
ふざけたように返事をしたけれだけれど、やっぱり一度だけ抱きしめて欲しい。
佑里斗はそう言うより先に、さっと彼に手を伸ばす。
そんな時、誰かがトイレに入ってくる足音と声が聞こえ、琉生は咄嗟に佑里斗の手を掴み個室に引き込んだ。
狭い個室で琉生に抱きしめられる。
佑里斗の心臓はバクバクしていて、彼の胸に顔を押し付けたまま身動ぐことすらしない。
「──高津ってさ、なんか変だよな」
「うん」
「っ!」
聞こえてきたのは智と、彼とよく一緒にいる友人──只隈 の声。
「いつも弱々しててさ、なんか……周りから見たら俺らが虐めてるように見えるんじゃないかって思う時がある」
「二人で話してる時はそうでも無いけど……。あんまり仲良くないお前らがいるから落ち着かないだけだろ」
「その割にはあの怖そうな美澄先輩と一緒に暮らしてんだろ?」
あんまり聞きたくない話。
なので佑里斗はどうしようと困惑していたのだが、大きな琉生の手がそっと両耳を塞いでくれた。
曇って聞こえにくくなった会話。佑里斗は小さく息を吐いたが、見上げた琉生の表情はあまり良くない。
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