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第十話

 代理業社は、直接的な戦争への関与は、原則禁止としている。  これは、会社の安全の(ため)に設けられた規定だ。  しかし、今回H国で蜂起(ほうき)したレジスタンスの作戦立案の依頼を請ける事になった。  緒戦のみの条件付きではあるが、それは異例の事である。  代理業社が、依頼を請ける事となった理由は様々だが、元レジスタンスリーダーとの繋がりが一番大きいだろう。  元リーダーとは、先代社長の代からの付き合いになる。  その元リーダーが、H国によって殺害されたのだ。  ダグラスは、いかなる理由であっても、会社を危険に(さら)す事には反対だったが、依頼は賛成多数で受諾(じゅだく)する事となった。  ただ、仕事の性質上、この件に関しては改めて秘密厳守と言い渡した。 「仕事だ」  ダグラスは、部屋に入ると、依頼の資料でクリスの頭を軽く叩いた。  クリスは熱も下がり、仕事に復帰している。  とは言え、まだ病み上がりなので、あまり手間のかかる案件は任せていなかったが、今回ばかりはそうも言っていられなくなった。  クリスは、振り向きもせずに資料を受け取ると、机の上に置いた。 「もうすぐ、こっちが終わるから、ちょっと待って」  そして、キーボードを叩いくと、ものの数分程でデータを送信し終えた。 「それで、これが今回の依頼?」  クリスは資料を手に取ってダグラスの方に向き直る。 「圧政に対抗し、H国でレジスタンスが蜂起(ほうき)した。今回はレジスタンスの緒戦(しょせん)の作戦を立てて(もら)いたい」 「え? 作戦?」  クリスが聞き返す。 「深くは考えるな。大人の事情だ」  クリスは、渡された紙の資料をテーブルに広げた。 「相手とのやり取りはどうするの?」  クリスは、資料を見ながら、ネット上のデータを参照する。 「暗号化された文字データで、やり取りをしようと思っている」  それを聞いて、クリスは、しばらく考えこむ。 「通信の事って詳しくないから分からないんだけど、映像回線って傍受(ぼうじゅ)を防ぐの難しいんだっけ?」 「映像じゃないとまずいのか?」  これまでも、文字による通信で依頼を解決していたので、ダグラスは不思議に思って聞き返した。 「うーん。相手を納得させるのに時間がかかるだろうから、まどろっこしい。後、これじゃあ情報が足りないから、このデータないか調べて貰っといて」  クリスは、走り書きしたメモを渡した。 「全ては情報が(そろ)ってからだ」  その後、クリスはち少し考えてから、困ったように小さな声で告げる。 「後、問題があって、僕はリーダーと直接話せない」  ダグラスは、少し考えてから、その理由に思い至った。  レジスタンスのリーダーは女性だったのだ。  資料が揃うのに一週間かかった。  いくつか揃わない資料もあったが、ないなら今ある情報でやるだけの事だ。  クリスは、資料が届くと、ウェブ上の情報を整理しはじめる。  自分の頭の中にあっても、データとして見せる必要があるので、やっておかなくてはならない作業だ。  そして、クリスはしばらく作業をしてから、両手を机の上に置いた。 「出来た」  クリスは、ダグラスに電話をかける。 「全部終わったよ」 『分かった。先方に連絡する。ありがとう』  会議の席が設けられたのは、それから二日後だった。  リーダーのアーリーン・フォレットには理由を説明し、会議では代わりにサブリーダーに発言して貰う事になった。  映像に映っているのは三名。  サブリーダー、ウィリアム・ポッター。  レジスタンス指揮官、フランクリン・ボナー。  代理業社社長、ダグラス・アーサー。  準備が整うと、ダグラスが挨拶をする。 「私は代理業社社長ダグラス・アーサーです。今回は依頼の件で映像会議を設けさせていただきました。こちらは私が最も信頼する部下と私の二名で対応に当たります。部下の回線は必要な情報のみを表示させていただきます。なにか質問はありますでしょうか? なければこのまま開始させていただきます。まずは部下より今回の作戦について説明させていただきます」  クリスの端末に地図が表示された。 「こちらはレジスタンスの拠点と、周辺にある軍事施設の地図になります」  続いて、表示されている地図の一つの軍事施設に丸を付ける。 「緒戦でここを落とします」  レジスタンス側がざわついた。 「貴組織は軍事力に(とぼ)しい為、長期戦になると不利になります。なので緒戦は貴組織の弱点を補うべく、拠点近くにあるA施設を()とし今後の足がかりとします」 『出来る訳が……』 「A施設は立地に恵まれ、川に面している為に補給物資の運搬にも優れています。さらに防御面にも優れている為、今後の活動における重要な拠点となり得ます」 『確かにそれは理想だが、そんな事が出来る訳がない!』  ウィリアムが顔を赤くして叫んだ。 「出来ます」  次に、A施設の近くにあるA駐屯地(ちゅうとんち)に丸が付けられる。 「襲撃が知られれば、援軍はここから派遣されます。A駐屯地には航空戦力がない為、A施設に向かうには、兵員輸送車で森を迂回(うかい)して進軍しなければなりません」  進軍ルートを地図上に表示する。 「迂回した場合の距離は五十一キロ。兵員輸送車が時速八〇キロで走行するとして、到着まで約六十四分。突入直前に携帯型電磁波発生装置を使用しますが、この効果の持続時間は約六〇分。トータル百二十四分。この間に制圧します」 『やめろ! 聞くだけ無駄だ!』  ウィリアムが激昂(げきこう)して叫んだが、おそらく皆、同意見だろう。 「しばらく静かに聞いていていただけると助かります。質問は最後に受け付けますので」  クリスが遮り、続ける。 「攻撃を開始するのは某月某日。首都で国王の生誕祭が開かれ、警備が手薄になる(すき)をつきます」  画面に二人の人物のデータが表示される。 「一枚目は、A施設の司令官グレン・ギャラガー少将です。奇策を好みますが、実力が伴わない為、失策となる事が多々あります。部下の進言は聞かず、独断で作戦を立案し実行します。先の戦争で有能なサラ・レディントン少尉が左遷(させん)された為、適切な指揮を取れる人はいません。臨機応変に対応出来ない為、奇襲を受ける事が苦手です。二枚目は、A駐屯地指揮官トーマス・ヒットマン中佐です。ギャラガー少将と過去に遺恨(いこん)があり不仲です。仕事に私情を挟む事が多く、部下からの信頼も薄いです。ここに付け入る隙があります」  クリスは、端末の表示を変えた。 「作戦は、日没の前夜祭開催時刻1900に決行します。電子機器が使えなくなる為、装備は全てアナログ式を採用します。必要な装備は最後にまとめてあります。調達が難しい場合は、弊社(へいしゃ)で揃える事も可能です。作戦中は、無線が使用不能となるので身振りなどで連携を取る事になります。事前にサインを決めておいてください。作戦指揮は、ジェフ・ベント。補佐は、アルフレッド・ブロウと、ステファニー・スキナーの二名にお願いしたいです。そして、詳しい作戦はこうです……」  A組織が保有している軍用の車両に、H国の軍服を着たジェフ率いるメンバー一〇名を乗せ、基地入口につける。  見張り二名が身分確認をしようとした時に、小型の電磁波発生装置を使い無線を無効化。  車からメンバーが降車し、見張り所を占拠。  あらかじめ森林に隠れていた二名の両補佐官率いるメンバー五〇名と共に、基地敷地内に侵入。  六〇名のメンバーで四名ずつチームを作り、敷地内の敵兵を個別に撃破し、建物に突入。  電磁波発生装置を使い、外部との通信を遮断(しゃだん)。  中に進み、敵兵が多数いる地点に来たら、手榴弾(しゅりゅうだん)にて爆破。  ここで爆発音を聞きつけた敵兵が出て来るので、陣形を維持しつつ後退。  メンバー四〇名は、逃走を装い建物から出る。  その時、ステファニー率いる三〇名は裏口に回る。  アルフレッド率いる一〇名は、建物外で待機。  ジェフ率いる他二〇名も、交戦しつつ一旦建物の外に後退。  裏口に回ったメンバー三〇名は正面部隊が撤退したと思われる頃、裏口を爆破。  爆音を聞き、正面部隊が撤退したと勘違いしたH国兵士の大半が裏口に回る。  施設の後部は川に面しているので後退出来ず、メンバーは必死で反撃するしかない為、練度の差をある程度カバー出来ると予想。  後は、援護が来るまでもちこたえる。  敵兵が裏口に回るのを確認してから、逃走を偽装していた一〇名と後退して来た二〇名、計三〇名が守備が手薄になった建物に再び突入し制圧。  敵兵を挟撃(きょうげき)する。  敵増援が来る前に入口の守りを固め、戦闘に備えて配置につく。  ここまで百二〇分以内に実行。  クリスは、基地内の地図を表示し、ルートを指定した。 「おそらく、敵戦闘員は九〇名位だと思われます。戦力は相手の方が上なので厳しい戦いになる事が予想されますが、奇襲で敵を撹乱出来れば問題ありません」 『上手く行く訳がない。そんなものは机上(きじょう)の空論だ』  ウィリアムが、目の前にある机を叩いた。 「これはあくまで私の草案なので、意見があれば変更可能です」  フランクリンは、何事かうなりながら考えている。 『作戦はともかく、なぜ我々や敵の勢力を把握(はあく)しているのか気になるな』 「貴組織の情報は提供していただきました。敵戦力は式典への参加人数や、ここ最近の補給状況などに基づき算出しています」 『もっと現実的な策はないのか?』 「一応、第二案も作って来ましたが聞きますか?」 『これで、やれると思うか?』 「戦力は敵が勝っていますが、指揮が悪ければただの烏合の衆です。敵司令官の頭の悪さに付け込みましょう」 『少し考えさせてくれ』 「期日までにお返事をお待ちしています」  クリスが慇懃(いんぎん)に告げる。  その後、ダグラスが締めの挨拶をして、その日の会議は終わった。 「疲れた!」  クリスは、そう言ってベッドに倒れ込んだ。  翌日、ダグラスが寝室にいると、仕事用携帯にフランクリンから電話がかかって来た。  隣にいるクリスにも聞かせた方がいいだろうと、スピーカーで受ける。 「はい。ダグラス・アーサーです」  ダグラスが出ると、フランクリンは開口一番こう言った。 『あの作戦を採用しようと思います。ただ細かい所についてはこちらも思う所があるので、また会議の席を設けていただけないでしょうか?』  そばにいたクリスは、またやるのかと嫌そうな顔をする。 『つきましては、貴社の草案を作った方と直接ビデオ通話したいのですが、よろしいでしょうか?』  ダグラスはため息をつく。 「今回の依頼は極秘事項の為、弊社と致しましても必要以上の情報を提供する事は致しかねます」 『大切な作戦なので、実行までに立案者の顔を見て話をしたいのですが』 「要望にはお答え致しかねます」  クリスは退屈そうにベッドでころころしている。  そして、聞こえないようにぼそっと呟く。 「なに時代の化石だよ」  結局、音声のみという事で落ち着いたので、クリスはそのままフランクリンと詳しい話をする事になった。  そして、某月某日、レジスタンスは緒戦を勝利で飾った。

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