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第19話
ーー痛い、身体中が痛くて熱い。特に左肩が焼けているようだ。だが、りつに何もされなくて良かったことに心底安堵する。りつは俺の大切な家族だ。俺の命よりも大切だ。かと言って、りつを置いて死ぬ訳にもいかない。俺がいなくなると、誰がりつを守ってやれる。
…ああ、でもりつは、やはり人ではなかった。鬼だった。確かに角や牙が生えていた。
だが怖くはない。怖いどころか、あの赤い瞳は綺麗だと思う。あの白い角は美しいと思う。りつの正体は、俺とりつの二人だけの秘密だ。
頬にひやりと冷たいものが触れる。
瞼を震わせて目を開けると、すぐ目の前で、りつの大きな瞳が、不安そうに揺れていた。
「…りつ」
「ゆきはる…?起きた?辛くないっ?」
今にも泣き出しそうな顔で、りつが矢継ぎ早に聞いてくる。
俺は、俺の頬に触れるりつの小さな手を握りしめると、安心させるように微笑んだ。
「大丈夫だ…。少々傷が痛むが、辛くはないぞ。りつこそ辛くはないか?傷はどうだ?」
りつの肩がビクリと揺れて、俺の手を振り解こうとする。
俺は、さらに強く握りしめて、りつの身体を抱き寄せた。
「…つっ!まだ肩が痺れるな…。りつ、どうした?なぜ逃げる?全て話せ。俺に隠し事はするな」
「ゆきはる…」
りつの大きな目に涙が溜まって、ポロリと白い頬を滑り落ちる。
俺は、動く右手でりつの髪を撫でて、りつが話すのを待った。
「あのね…ゆきはる、僕のこと、嫌いにならない?」
「は?なぜ?嫌いになどなる訳がないだろう」
「…うん。あのね、僕の傷、痛くないんだ…」
「そうか、なら良かったではないか」
俺はホッと安堵の息を吐き、りつに微笑む。
なのにりつは、またポロリと涙を零して、ゆっくりと身体を起こし、着物の袖をめくって斬られた腕を見せた。
「え?」
俺は、痛みも忘れて上半身を起こすと、りつの細い腕を掴む。目を凝らして見て、何度も撫でて、驚きの声を上げた。
「なんと…、綺麗に治ってるではないか!良かった…。傷が残るのではと心配していたのだ」
「ゆきはる…気持ち悪くないの?」
りつが、怯えた目をして俺を見上げてくる。
「なぜだ?」
「だって…っ、僕の傷、今日の朝には治ってたんだよ?昨日怪我したばかりなのに…。普通、こんなに早く治らないよね?だって、ゆきはるの傷は、まだ治ってないもんっ」
「ああ、そういうことか…」
俺は腕を伸ばして、りつの頭を抱き寄せる。
りつが、俺の胸に顔を押しつけて、小さく声を漏らして泣き出した。
ーーそうか。りつは、自分が鬼だと知らないのだな。鬼に変貌したことも、覚えていないのだろうな。
りつが泣き止むまで、黙って頭を撫でてやる。
しばらくしてりつが泣き止むと、俺はゆっくりと息を吸って吐き出し、「りつ」と静かに名前を呼んだ。
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