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第22話

りつが襲われた日から十日ほど過ぎた早朝、さよちゃんが血相を変えて家に飛び込んで来た。 「りっ…ちゃ!」 「さっ、さよちゃん?どうしたの?」 両膝に手をついて、はあはあっと荒い呼吸を繰り返すさよちゃんを、板間の縁に座らせる。 瓶からすくった水を椀に入れて、さよちゃんの手の上に乗せる。 「まずは水を飲んで息を整えろ」 さよちゃんは小さく頷くと、椀の中の水を一息に飲み干した。 「はあっ…、ゆきさんありがとう…」 「落ち着いたか?で、どうしたんだ?」 「あっ!ゆきさんっ、りっちゃんっ!早く逃げてっ」 「どういうことだ?」 椀を置いて立ち上がったさよちゃんが、俺の着物を掴んで必死に言う。 りつが、不安そうに俺にしがみついてくる。 りつの背中を撫でてやりながら、さよちゃんの肩に手を置いた。 「なぜ逃げなければならない?誰か来るのか?」 「そうっ!怖い人が来るのっ!村の大人たちが話してるところを聞いたの…っ。この前の盗賊、ゆきさんが退治したんでしょ?みんながゆきさんのこと、あんなに優しい顔をして、人を殺めるなんて恐ろしいって。ひどい怪我をしてたのに、もう治ってるのはおかしいって。この土地に来て八年は経つのに、その時からちっとも年を取っていないって。ゆきさんは、人の肉を喰らう鬼に違いないってっ。あの騒ぎの後からそんな話ばかりしてて…っ。昨夜、怖い人を雇ってゆきさんを殺すようにお願いしてたのっ!その怖い人が今から来るのっ!だから逃げてっ」 「さよちゃん…」 泣き叫ぶさよちゃんの背中を、何度も撫でてやる。 りつも震えながら、さよちゃんの腕を撫でている。 ーーずっとここにいる訳にはいかないとは思っていたが。りつの正体をあの盗賊に見られているしな。そろそろ潮時か…。また、誰も俺達を知らない土地に行かねばならない。 「よくわかった。知らせてくれてありがとう。すぐに、りつとここを出る。さよちゃんは大丈夫か?」 「…うん、大丈夫。山に山菜を取りに行って来るって出て来たから。ゆきさん、りっちゃん、元気でね。わたしのこと、忘れないでね…」 「もちろんだ」 「さよちゃんも、僕のこと忘れないで…。元気でねっ」 手を取り合って別れを惜しむ二人をしり目に、急いで荷造りをする。 とにかく、りつが鬼だと知られた訳ではなくて良かった。俺を鬼だと思ってくれているなら、好都合だ。俺のことは、鬼でも蛇でも、何とでも思ってくれ。忌み嫌ってくれ。 その方が、りつの正体がバレなくて助かる。 そもそも大した物も持っていないのだから、すぐに準備が出来た。 「りつ、行くぞ」 俺は大きな籠を背負い、小さな風呂敷をりつの背にくくりつける。 「さよちゃん、俺達は急いで山を越える。この前のような盗賊はいないと思うが、一人で帰れるか?」 「うん、大丈夫。ちゃんと逃げてね?元気でねっ」 「うんっ、さよちゃんも!元気でねっ」 小夜ちゃんに頷いて歩き出した俺の手に引かれながら、りつが後ろを向いて大きく手を振る。 さよちゃんの声が聞こえなくなると、俺はりつを抱き抱えて走り出した。

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