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第23話

行くあてはあった。 俺が家督を継いでいた屋敷は、今は祖父の遠縁の者が継いでいる。 だが、俺が屋敷を出る際に、少しばかりの所領を譲り受けていた。 りつと出会った時に住んでいた場所と、今朝まで住んでいた場所は、俺の土地だ。 今から向かう所もそうだ。 俺は、たぶん普通とは違う。だから一つの場所にずっと住むことが出来ない。 そう思い、(あらかじ)め、屋敷を出る際に幾つかの土地を自分の物にしていたのだ。 「だいたい一つの場所に五年住めればいいと思っていたが…。今回は長くいられたものだな」 俺の膝の上に乗ったりつの頭を撫でながら、ぽつりと呟く。 山を一つ越えた所で、抱き抱えていたりつを降ろして、手を繋いで歩いて来た。 りつは、文句も言わずに黙々と歩いていたけど、呼吸が荒くなってきたのに気づいて、木陰で休憩を取った。 そして、持ってきた握り飯を食べ終わると、りつはすぐに眠ってしまったのだ。 「何も言わないが、気が張っていたのだろうな。あと二日ほど歩かねばならぬが、頑張ってくれよ」 俺の足に押し潰されて、ぷくりと膨らんだ頬を軽く摘む。 気持ちよさげに眠る愛らしい顔を見ていると、嫌なことなど全て吹き飛んでしまう。 りつを長い距離歩かせるのは気が引けるが、二人で旅するのも楽しいものだと、俺は青く晴れ渡る空を仰いで思った。 実際、りつとの道中は楽しかった。 初めて見る景色に歓声を上げたり、美味い物を食べたり、大きな街に入ると新しい着物を買ったり。 りつは、ずっと笑っていた。 りつを見て、俺もずっと笑っていた。 出会う人達は、皆親切だった。 最初は、なぜこんなにも親切にされるのかと不思議だったが、すぐに納得がいった。 俺とりつは、親子ほどの年の差がある。だが、見た目からは兄弟に見えるらしい。 しかもりつは、女の子によく間違われていた。 だから傍目には、兄と幼い妹が、二人だけで、遠く離れた両親の元へ向かっているように見えたようだ。 とんでもない解釈に驚いたが、その方が都合がいいので、そのままにしておいた。 ただ、りつは「僕、女の子じゃないもん」と拗ねてはいたが。 その拗ねる様子すらも愛しくて、俺の胸は常に暖かいもので満たされていた。 そして、あと少しで目的の場所に着くという日の夕暮れ、人里離れた山の麓で、りつを鬼の子だと言った、いつぞやの老人に会った。

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