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第5話 もうひとつの顔 2

 立ち上がることも忘れ固まる市五郎の前を、二人が通り過ぎて行く。ほどなく店のドアが開き二人が入ってきた。店員が案内した席は奇しくも市五郎の斜め後ろのテーブル席だった。  振り向かなくても、市五郎からは窓ガラス越しに二人の姿がハッキリと見えた。スーツの男は背中を向けているが、ハーフパンツの男の顔は正面で捉えることができる。  華奢な顔立ち。愛嬌のある目。小さな鼻の下にある形のいい唇。  近くで見ても、男は結城にそっくりだった。違うのは眼鏡をかけていないこと。ヘアスタイルも若干違っていた。毛先を緩くウェーブさせているように見える。  結城にそっくりな男はニコニコと嬉しそうに笑い、スーツの男とメニューを見ていた。メニューを指さし、あれでもないこれでもないと仲睦まじそうだ。ようやく決まったようでスーツの男が店員に手を上げた。男がメニューを指し注文しているのを、結城似の男はテーブルに肘を突き首を傾け機嫌良さそうに見ている。  子供っぽい仕草だと市五郎は思った。ファッションや髪型もだが、出版社で会った時のきちんとした印象とのギャップが大き過ぎる。  市五郎はほとんど残っていないコーヒーを啜りながら、時に啜る真似をしながら、窓ガラスに映り込む二人をまじまじと観察していた。  出版社とさほど離れていないのに、結城さんは案外大胆だ。それとも服装を変えメガネを外せば気づかれないと思ったのだろうか。たしかに昼間の顔とは違い過ぎて「まさか」と思うかもしれないが……。  グラスワインとチーズが運ばれてくる。乾杯する二人。一口飲むと結城はグラスを置き、テーブルの上にあるスーツ男の手に手を重ね握った。可愛さをアピールしながら男に話しかけている。その仕草は確かに可愛かった。可愛すぎて、見ている市五郎の方が恥ずかしくなってくるほどだ。  あの結城さんが、プライベートではこんなに変わるなんて……。  市五郎は妙な気持ちになりながら、それでも観察をやめられない。やめたくても目に入ってしまうし、席を立てば結城に自分の存在を知らせてしまうと思うと立ち去ることもできない。      いや、したくなかった。  スーツ男は結城よりかなり年上に見えた。市五郎と同じくらいか、もっと年上にも見える。ガラス窓に映るダンディな雰囲気の男の背中に、そういう男性がタイプなのか。それとも付き合っているわけではなく、一夜の遊びなのか……。  いつもの癖で余計な詮索までしてしまう。  観察していると結城たちのテーブルに次の料理が運ばれてくる。和やかに食事をする二人。話し声のトーンは低めで何を話しているのかまでは聞こえないが、時折、結城の甘えるような笑い声が聞こえる。その笑い声がイヤに市五郎の耳に引っかかった。  違和感と言ったらいいのか。なにが引っかかるのか市五郎にもわからない。  スーツ男が結城へ何かを指摘した。キョトンとした表情の結城がフォークを下ろし、座ったままテーブル越しに身を乗り出す。何をしているのかと市五郎が見ていると、相手の男が手を伸ばし、結城の頬を包むような仕草をしたあと、親指で結城の唇の端を拭った。ソースかなにかがついていたらしい。結城は恥ずかしがるでもなくスーツの男に微笑み返していた。  その後も二人のいちゃいちゃは止まらない。パスタを味見しろと、結城が男にパスタを巻きつけたフォークを向けたり、公共の場であるにも関わらず、男の手を掴み指先にキスをしたり。ようやく食事を終えた二人は立ち上がり、店から出て行った。  これから二人でホテルへ……。  結城が男に組み敷かれている場面を想像し、市五郎は苦しいような妙な気持ちになった。想像できないことはない。妄想は得意だ。ただ、初めて対面した時と、今、目撃した結城とのギャップに激しく混乱しているのだ。  市五郎はふと視線を落とし、唇を噛み締めていた。

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