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第14話 密約
市五郎は今、悶々と思考を巡らせながら、己の気持ちを見つめつつ古い台所でコーヒーを淹れている。
というのも、市五郎にとってミューズであり、恩人であり、問題児の結城が、隣の書斎にいるのだ。
八月末に発売されたBL雑誌に市五郎の初の長編が掲載された。
結城に預けた第一話目は商業雑誌二十八ページ分。文字数にして四万三千ちょっと。四百字詰め原稿用紙に換算すると、百十二枚。
それだけの文章にあれよあれよという間に扉絵と挿絵を飾るイラストレーターが決まり、怖いくらいスムーズに形になっていった。
結城は市五郎が出版社へ一話目を持って行く前から、作品の雰囲気に合ったイラストレーターの手配をしていたらしい。離れている間も、市五郎の初の連載小説のために尽力していたのだ。それを知り、市五郎の心はさらなる喜びに震えた。期待に応えることができて本当に良かった。この喜びは今までにないものだった。
イラストレーターから直接話したいという要望を受けたのも初めての経験であり、現実味を感じられない市五郎はふわふわと宙を歩きつつ出版社へ出向いた。
ミーティングで、主人公のイメージについて尋ねられた時、市五郎は迷いに迷い、「内密にお願いします」と約束を取り付けてから、結城の名前を挙げた。
危険かもしれないと思いつつ、己のイメージを再現してもらえたなら、これほどの喜びはないと我慢できなかったのだ。
イラストレーターは「なるほど」と頷き、「出来るだけ期待に添えるように頑張ります」とやる気に満ちた表情を見せてくれた。
出来上がった主人公は、もちろんアニメタッチなのだが、髪型といい、体型といい、雰囲気といい、まさに結城真人だった。市五郎はその出来上がりに感激した。勇気をふりしぼり、結城の名前を上げて良かったと心から思った。
パーティーでのことや、結城の涙など諸々が重なり、気付けば結城への気持ちは引き返せないところまできていた。気の迷いとか、勘違いなどとごまかすこともできそうにない。
落ちていく深く濃い色の液体を眺めながら、市五郎はしみじみと痛感していた。
どうして同性の彼にこんなに心惹かれてしまったのだろう。華奢な体型で、色白で、柔らかそうな肌をしているから? 物静かなタイプだから? 大声を出したり、ガハハと大口を開けて笑うところは見たことがない。どちらかというと、口を隠してクスクスと笑う。物静かなタイプだが、人あたりが良く、常に清潔感があり、誰からも好かれそうだ。出版パーティの時も、招待客達とそつなく談笑していた。
……私もまんまと釣られてしまったのか。
いや、この人にそんなつもりはサラサラないのだろう。私は今年で四十八になる。二十代の若者に、一方的に熱を上げるなんてバカげているのだろう。そもそも、私は結城さんとどうこうなりたいなどと、不埒なことは考えていない。しかし、心惹かれていることを否定もできない。結城さんは……男だというのに。
「お待たせしました」
できあがったコーヒーを書斎に運び、結城に勧める。
「ありがとうございます。ときに高山さん。お伺いしたいことがありまして。この主人公ですが、モデルとかいたりするのでしょうか?」
結城が雑誌になったページをめくりながら言った。突然の質問に市五郎は激しく咽そうになった。
「ぶふっ! んんっ!」
「えっ、あ、大丈夫ですか?」
「だ、大丈夫です。すみません。えっと、な、な、なぜですか?」
「いやぁ、この主人公面白いですよね。ギャップが魅力的で、一見冷めていて任務にストイックに見えるのにどこか危なっかしいというか……。イラストも作品のイメージとピッタリで、驚きました」
「ああ、はは……、よかったです。ミーティングの賜物ですね」
質問に答えてないと知りつつ、市五郎は適当にお茶を濁した。
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