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第23話 覚悟と抱擁

 市五郎はもう一度結城の前に跪き、彼の頭を支えながらその場で押し倒した。畳に落ちる、結城の黒髪。うるうると瞳を揺らす結城を市五郎は心底美しいと思った。  世界に二人だけしか存在しないかのように、静かに流れる時間。  このまま、永遠と見つめていられる。市五郎はそう思った。 「あっ、あのっ……」  結城が声を発し、わずかに震える手で自ら眼鏡を外す。不安そうに市五郎を見上げる。 「あの、頭を……撫でてもらってもいいですか?」  市五郎は結城を隠すように覆い、髪を撫でながら優しいキスを落とした。若者のようにガツガツすることはない。ゆっくり、ゆっくり、結城の気持ちが落ち着くのを待つ。  静かに繰り返されるキスに結城は耐えるように目を瞑っていた。嫌がっていないのは分かる。しかし緊張し、怖がっている。トクトクトクトクと鼓動が早い。  市五郎は結城の手を掴み、自分の胸へ当てた。 「私も、怖いですよ。あなたが大事であればあるほど、傷つけてしまわないかと緊張してしまう」  結城はその言葉にそっと目を開け、市五郎を見上げた。市五郎の胸にある己の手を見て、また市五郎を見上げた。そして、自分からぎこちなく顎を持ち上げ市五郎へ口付けした。触れるだけのキスだった。そうしたまま、結城がそっと瞼を閉じる。  市五郎は結城の頬を包み、耳を指でそっと撫でながらキスを返した。今度は唇を結んでいない、受け入れてくれるようだ。微かに解けた唇を唇ではさんだり、軽く吸ったりしてみる。結城は、「もっと」と言うように唇を更に寄せてきた。なのに、結城からのアクションはそれだけ。まるで初めてのキスにどう返していいか分からない中学生のようだ。到底大人の反応とは思えない。  まさか……? と思う。今の時代、彼女いない歴が年齢という男性が存在するとは聞くが、結城のビジュアルでキスの経験もない。などということがあり得るのだろうか? しかし、結城の反応は処女のようだ。あり得ないけれど、そう考えれば結城の過剰な緊張や言葉、仕草にも説明がつく。市五郎にもう迷いはない。  どうやって応えてよいのか分からないというのなら、一から教えるだけだ。  市五郎は軽く開いた結城の唇の隙間に舌先を差し入れた。ノックするように、歯と歯茎を舐める。パッと結城の目が開く、いちいちビックリする反応も可愛らしい。 「結城さんも、舌を出して下さい」 「え、舌を?」  何をされるのかもわからないらしい。 「私の舌と、結城さんの舌を擦りつけ合わすのですよ」  火照った頬がさらに赤くなっていく。  仕事柄経験はなくても文字で、あるいはイラストでは知っている情報をようやく思い出したのだろう。口を小さく開け、考えるような表情のまま目を閉じ、少しだけピンク色の舌を覗かせた。可愛い舌だ。それに己の舌をザラリと擦りつける。まるで淫靡な儀式のようだ。  ピクンと震え、少し引っ込む舌。薄く開く瞳。視線を左右にチラつかせ、また遠慮がちに舌を差し出す。  髪を撫で、今度はそれをツルッと巻き取りキュッと吸えば「ん」と小さな声が上がった。髪や頬や耳を、指の腹でそっと撫で、宥めながら、結城の口内をゆっくりと犯していく。  ……こんなに興奮するのは何年ぶりだろう。  思い続けた愛しい人がここにいる。それだけで夢のようなのに、その愛しい人の初々しさを市五郎自ら奪い堪能できるのだ。  結城は市五郎の舌の動きに翻弄され、苦しそうに浅い息継ぎを繰り返している。下肢にそっと手を伸ばすとそこは既に反応しつつあった。逃げるように腰を引く結城へ、市五郎が己の昂ぶりを押し付ける。 「私も同じですよ」  キスの合間に囁く。結城は目を閉じたまま、眉を下げ頷いた。 「一緒に……堕ちてください」  市五郎の誘いの言葉に返事はなかったが、不安そうに瞼へキュッと力を入れ、必死でキスを返してきた。ぎこちない動きで、市五郎の唇を挟むように吸い、舌先でちょんと触れてくる。  どうしてここまで怖がっているのか? 下半身は反応を見せているのに。  好奇心と勢いに任せ突き進む十代の学生の方がもっと積極的だと思えた。 「眩しいですね。明かりを小さくします」  市五郎は起き上がり、照明を豆電球にした。そしてまた結城へ覆い被さり、身につけている衣服をそっと剥ぎ取る。結城が息を飲むのがわかった。現れた細く頼りない体が小さく竦む。 「隠さないで。綺麗なあなたを見せてください」  市五郎は上半身裸になると肌と肌を合わせた。互いの体温に触れれば、そこは熱く火照るようだった。結城の手が市五郎の脇腹に触れる。 「あ……ったかい、ですね」 「こうしているだけで、満たされます」 「……はい」  揺れる瞳でたどたどしく返事をする結城に市五郎は優しく微笑んだ。結城の前髪をかきあげ、額にキスを落とす。 「今日は泊まっていってくれますか?」 「高山さんがよければ」 「私は、毎日でもあなたの顔を見ていたいです。布団は先ほど敷いたままだ。あちらで寝ましょう」  結城は「え?」と戸惑った表情になる。言葉を文字通りに受け取るのが、子供のようだ。 「ここでは畳にすれて痛いでしょ? 移動しませんか?」  その言葉でようやく悟ったのだろう。「はっ」と気づきの表情。結城は真っ赤な顔で恥ずかしそうに唇を噛み締め頷いた。

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