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第24話 覚悟と抱擁2
結城を起こし、脱いだシャツを彼の肩に掛けた。書斎と続きになっている隣の和室へ案内する。恥ずかしそうにサイズの合わないシャツを身にまとう結城はとてもエロチックだ。枕を二つ用意し振り返る。正座したままこちらを見ている結城を丁寧に迎えに戻る。
「用意できました」
「……はい」
視線を合わせようとしない結城へ右手を差し出す。恐縮したように市五郎を見上げていた結城だったが、今度は手を取り立ち上がった。
無音の室内には、彼らだけ。二人の仕草は、まるで神聖な儀式に向かうそのものであった。
結城とひとつの布団に入り、根気よく高めていく。市五郎の指と唇と舌から与えられる快感に呼吸を荒げ、切なげに身悶え、更に潤んだ瞳で見つめる。結城の初々しさ全てが愛おしさを膨らませる。市五郎が夢で見た通りだった。そう。市五郎の願望を忠実に再現し描いたであろう夢の中でも、結城は初々しかったのだ。奔放な面があると信じて疑わなかったのに。今目の前にいる彼こそが、己が愛する彼なのだ。市五郎は改めて確信していた。
「あなたが好きです」
「っ……ぁあ」
時間を掛けて全てを埋め込みながら、何度も繰り返した。結城の体は緊張でこわばっていたけれど、市五郎を優しく受け入れてくれた。
「大丈夫?」
そっと訊ねれば泣きそうな顔でコクコクと頷く。
「熱くて……うっとりするほど気持ちがいいですよ」
「僕は少し……苦しいです」
「苦しいだけですか?」
市五郎は気遣いながらも、試すようにゆっくりと腰を動かした。
「……ぅあ」
結城の指と指を絡めたまま、反応を見ながら、緩慢な動きで擦り続ければキュッと手を握られる。
「っ……は、あっ! ふあっ、た、たか……さ、キス、……さい」
結城から懇願の表情でキスを強請られ、市五郎の興奮はますます駆け上がる。暴走しないよう必死で耐えながら結城の唇を塞ぎ、腰を押し進める。
「んっ、ふぐ……ぁっ、はあぅ、う、うくっ」
片方の手を繋ぎ、キスしたまま、もう片方の手で結城のモノを握り促す。結城の達するタイミングで一緒に達したい。否、市五郎は別に吐き出さなくてもいいくらいだった。ただひたすらに、目の前のこの最愛の人に尽くしたいと思う。
「ううっ、ん、……は、あ、あう」
目じりに涙を浮かべた結城が、小さく首を振る。その仕草は市五郎の興奮に拍車をかけるだけだ。市五郎はますます丹念に腰を動かし、同じリズムで手を上下させる。
「は、はぁ、はぁ、ああっ、んん! も、はあっ……はな、ひて」
「それは、……聞けませんね」
出してしまえばいいのに我慢しようとする。こんな状態になっていてもまだ、理性を手放せないでいる結城に疑問を感じながら、潔癖なイメージを崩さない結城をもっと苛めたくなる。
こうなれば根競べだ。市五郎には夜通し、二晩でも三日三晩でも、尽くし続ける自負があった。市五郎の優しい音で発せられた厳しい言葉に結城は半泣きの顔を見せたかと思うと、全身を震わせ、さらにギュッと強く内部を締め付けた。
「たか、やまさ……は、あ、ああっっ! もお、おかしくなる!」
「いい。……綺麗ですよ」
「も、むりで……あああっ! っは、はあ、んっ、たすけ、て」
市五郎は結城を強く抱きしめ、奥を深く抉り突いた。手の中の熱がはちきれんばかりに硬直し、次の瞬間、勢いよく飛沫をほとばしらせる。
「ああっっ!」
高い声を上げ、結城はギュウッと市五郎へすがりついた。市五郎は結城の乱れた姿と内部の締め付けに呆気なく降参し、放出した。結城の腰がビクビク痙攣する。
はぁはぁと、息を乱しながら、腕の中の結城を抱き締めなおす。
市五郎の胸は信じられないほどの幸福感に満たされていた。こんなに満たされた行為は今まで体験したことも無い。この行為がこれほどまでに素晴らしいものだったのかと感動した。
目を閉じ放心している愛しい人の額に口付ける。
「……大丈夫ですか?」
ゆっくりと目を開け、市五郎と目を合わせた結城は、スッと視線を外しやけにしょんぼりとした表情になった。その表情に急に不安が募り、心配になる。
「痛かった?」
「……いえ」
目を伏せたままボソッと呟くように答える。まるで叱られた子供のようだ。
おかしい。てっきり同じ感動を分かち合えているものとばかり思っていた。何故なのか分からず、市五郎の胸に得体のしれない暗雲が立ち込める。しかし、通じ合ったはずの手を離すわけにはいかない。
「言ってくれなければ分からないです。二人とも慣れていないのだから思ったことは言い合いましょう。最初から全て噛み合う恋人同士などいませんよ?」
市五郎の切なる言葉に、結城は顔を上げるが、おどおどした視線は変わらない。
「……すみません……その、汚してしまって」
結城の言葉は突き放すようなものではなかったが、何かを言い淀んでいるのは確かであった。市五郎は体を起こし、そっと結城から出ると、ティッシュで結城の白く柔らかい腹を拭った。
「あ、自分で。やります」
肘を突き起き上がろうとする結城を遮る。
「疲れたでしょ? 横になっていていいから」
「すみません」
自分の体も拭い、もう一度、結城を抱き締めた。
「これで問題解決です」
「……はい」
蚊の鳴くような頼りない声。
わかっている。問題はとうに差し替えられている。何の解決にもなっていない。わかっていながらも市五郎は結城の髪を撫でながら囁いた。
「あなたはとても素敵です。私を包み、夢みたいにうっとりさせてくれました」
しばらくの沈黙の後、結城の手が市五郎の背中に頼りなく回された。
遠慮がちにではあったが、甘えるように市五郎の胸へ頭をピトリとくっつけてくる。その仕草に少しホッとした。
結城さんは何かを抱えている。何を─────。
しかし今はまだ、これでいい。
市五郎は考えつつ、結城の髪を撫で続けた。
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