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第25話 もうひとりの結城真人

 付き合い始めても基本的に結城に変化は無かった。  仕事中はいつもと同じ。穏やかで、しっかりしていて、市五郎を励まし支えてくれる。編集者としての結城だった。  市五郎の方がその点に於いては、境界線があいまいになっていた。いや、出会った頃からすでに曖昧だった。妄想に耽り、モデルにしていたのだから。でも、もうそれは妄想から現実になり手の中にある。  こんなに幸せで良いのだろうか? と不安に思うくらいだ。  その不安と隣り合わせだからだろうか。己の書いた物を読み。目をキラキラさせる結城を見れば、直結して欲情してしまうのだ。  枯れ果てたと思っていた欲は、地下深くマグマのように静かに潜んでいたに過ぎなかった。手に入れてなお、なくしてしまいそうな不穏を抱えているがゆえ、すぐに触れ確かめたくなる。この焦燥感に市五郎は時おり悩まされた。  特に結城の場合、常にキチンとしていて服装の乱れなどもない。二人きりでいるのに、ストイックとも言える編集者の顔を崩さないでいる。そんな態度が余計に、市五郎にそれを壊してしまいたくなる衝動を起こさせるのも、仕方ないといえた。  スーツの結城を背後から抱き締め、襟足からわずかに覗く肌に口付ける。すると結城はスイッチが押されたように頼りなくなる。先程までの他人行儀とも言える笑顔は消え、動揺し、瞳が微かに潤んでいく。  シャツの上から指先で敏感な部分を撫でれば、体を震わせ、一気に切なげな表情に変化する。そのギャップが堪らない。  畳の上に押し倒し、ワイシャツ一枚になった結城を犯す。結城の身体は常に敏感で、どこに触れても柔らかく、トロトロに溶けて市五郎を包み込んだ。  結城を貪ると時間はあっという間に進み、気が付くと日はとうに暮れていた。  市五郎は結城を一時も離したくなくなり、帰したくなくなる。結城がそのまま家に泊まることも必然的に増えていった。  散歩しながらの人間ウォッチングは相変わらず続けていたが、ついでに出版社へ寄ることはなくなった。  結城はといえば、市五郎に寄りかかるでもなく、用事のない日は自身のアパートへ帰る。市五郎が連絡し、約束を取り付けなければ会いにくることもない。だからこそ、用事があり、仕事として訪ねてきた結城を抱き、なし崩し的に帰れない状態にすることに市五郎は喜びも感じていた。  結城の休みの日は、朝から愛おしい人を貪った。ぎりぎりまで高めては、焦らし逸らす。少し意地悪なプレイは結城を最高にエロティックに仕立て上げる。理性と欲の間で戸惑い乱れる結城は美しく、ますます市五郎を夢中にさせるのだ。  吐き出しグッタリとした結城は、素直に甘える素振りを見せた。付き合うとむやみやたらに甘える女性もいたが、結城はそういうことが一切なかった。だから甘えてくる結城は大変可愛く、その愛おしさに市五郎はしばしば苦しくなるほどだった。 「結城さん……」  市五郎の胸に頬を寄せ、目を閉じる結城へそっと呼びかける。市五郎を見上げ微笑み「はい」と答える。その表情はとても愛らしい。 「ずっと一緒にいたいです」  結城は「僕も、です」と照れくさそうに、キュッと腕に力を入れ答えた。その仕草にまた胸がキュウウと苦しくなる。 『一緒に暮らしませんか?』  そう何度も言いかけた。  しかし、結城に負担をかけるのかもしれないと思うとなかなか言い出せなかった。今は担当編集者だが、何らかの事情で担当を外れることが今後あるかもしれない。そうなると、別の人間が家を訪問する可能性もある。その時、結城に「隠れていてくれ」とか「戻ってくるな」などという言葉は絶対に言いたくない。  若い時なら勢いで決めてしまえることも、この歳になるといろんな弊害やリスクを考えてしまう。  そう考えつつも甘えた言葉を吐いてしまう。 「結城さんのいない、一人寝の夜はさみしいです」 「今日、泊まってもいいですか?」  いつもは自分から決して言わない言葉をくれる。そうやって市五郎が甘えていることをちゃんと察知し、容認してくれる。市五郎は腕の中の愛しい人をギュッと抱き締めた。 「泊まっていってください。何泊でも構いません」    そう言うのが精一杯だ。  結城は嬉しそうに微笑み、市五郎の胸に額を押し付けるのだった。

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