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第26話 もうひとりの結城真人 2

 今日は世間で言うところの土曜日だ。  結城も本来ならば休みで、金曜日から家に泊まっていくことも多い。だが今週の土曜日は仕事があるらしく、金曜日のうちにアパートへ帰ってしまった。寂しいが仕方がない。なので市五郎は久しぶりに一人の時間を過ごしている。  十一月に入ったが寒さはまだやってこない。  今年の冬は雪が降らないのではないか? と毎回思うが、結局一月から二月にかけて大型の寒冷前線がやってきて交通麻痺が起こるような雪を降らせる。今年もそんな感じなのかもしれない。  縁側に差し込む暖かそうな日射しを確認し、秋用のコートを羽織り市五郎は家を出た。  今日は久しぶりに駅地下の専門店街でケーキを買おう。明日は結城さんも来てくれるし、冷蔵庫へ入れておけば大丈夫だろうと考えながら歩く。  駅の広場が見えてくる。なんとなく顔を上げ、いつもの癖で人間ウォッチングをしていて足が止まった。  ────結城さん。  そう思ってすぐに「違う」と気づいた。  結城さんじゃない。  結城に瓜二つの男は、黒のフード付きダウンジャケットに身を包んでいた。足元はジーンズにスニーカー。  結城は今日、新宿で仕事があると言っていた。  大手書店で行われる握手会イベントだ。終了時間までは聞いていなかったが……と一瞬不安が脳をかすめた。しかし、それを振り払うように頭を振った。  結城さんは仕事だ。だからそもそもこんなところで、私服でいる訳がないんだ。彼は結城さんではない。  市五郎はその姿を見ながら、イタリアンレストランへ入った。店内は昼時のピークを過ぎ、程よく空席がある。窓際の四人がけのテーブルに座った。ここからなら、例のそっくりな男を眺めることができる。  結城にそっくりな男は一人で駅前のモニュメントにもたれ携帯を弄っていた。誰かとの待ち合わせだろうか。  観察していると彼は急に顔を上げた。人懐っこい笑顔になり、嬉しそうに手を振っている。  彼に近づく男性。男性はかなり背が高く、市五郎と同じくらいの年代に見える。スーツにノーネクタイ。いかにも実業家っぽい。自信と金に満ち溢れたオーラを放っていた。  それにしても本当に似ている。スーツを着て眼鏡を掛けたら完全に双子だ。  マジマジと見ていると、そっくりな男は市五郎のいるレストラン側に顔を向けた。バッチリと目が合う。市五郎の視線に気づいたのか、向こうも目をそらそうとしない。なぜか、ジッと市五郎を見て、ふいっと隣の男に視線を移した。  確かに市五郎を意識した行動だった。  こちらの熱心さが伝わったのかもしれない。そうは思いつつ彼から目が離せなかった。  次に市五郎と目が合ったそっくりな男は、フッと口角を上げ、相手の男にぴったりくっついた。これ見よがしに寄り添う。自分より身長の高い相手に首を傾げ見上げ、話しかけながら男の髪を親しげに触る。楽しそうに笑って俯き、またなぜかチラリとこちらへ視線を向ける。  わざとだと感じた。  そっくりな男はこちらを指さし、二人はそのまま市五郎のいる店に入ってきた。  彼が店員に窓際の席を指さし話しかけているのが分かった。市五郎の隣のテーブルを要求したのだ。あの時のように相手の男を挟んで市五郎と対面になるように座る。  そっくりな男は声も結城と似ていた。  結城より高めで甘えた声ではあるが、声質は同じ。  普通、パッと見似ていると感じる人はいても、よくよく見れば全く別人だと思うことの方が多いだろう。「他人の空似」と言われるものだ。しかし、彼の場合。体型や顔の作り、声質が瓜二つなのだ。見れば見るほど似ていると思う。もしかして生き別れの兄弟なのかもしれない。  彼が意図して隣に座ったのなら何かしらのアクションがあるのかも。そう考えつつ、市五郎はその「何か」を待っていたが何も起こらなかった。  先程はあんなに目が合った市五郎を完全に無視して、目の前でイチャついているだけ。自分の食べているケーキを男へ「あーん」と食べさせ「そっちのもちょうだいよ」と強請る。散々見せつけて満足したのか、彼は市五郎の横を通り、店を出て行ってしまった。  不安と不快さが混ざり合う。  市五郎は窓越しのふたりが消えた風景をいつまでも凝視していた。

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