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第28話 もうひとりの結城真人 4

 それからの市五郎は、結城のいない時間を利用し、散歩しながら「彼」を探した。  例のそっくりさんだ。  不思議なもので、何も考えてない時には簡単に目撃できたのに、会いたいと思うと会えない。目撃した場所は二回とも駅前。おそらく彼の生活の場はこの地域だと思われる。だが、なかなか会うことはできなかった。  彼を探すことを目標にした「散歩」へ出歩くようになって二週間が経った。  あれから市五郎は、己の刻印を必ず結城の首につけ続けていた。始めは純粋に愛するがゆえの思い付きの衝動に過ぎなかったが、もうそうせずにはいれなくなっていた。  季節はもうクリスマス。  駅前の広場には巨大なモミの木が飾られ、広場を囲むように植えてある街路樹とともに電飾で彩られた。北風の冷たさも一層増し、夕方の散歩もだんだん億劫になってきた頃だった。 「あ」  いつものように歩く人を眺めながらゆっくりと駅前へ向かい歩いていると、十数メートル先にあるドーナッツ屋から人が出てきた。その後ろ姿に釘付けになる。  ぽこんと丸く愛らしい後頭部がフードのファーから覗いている。尻を隠したミリタリージャケット。大きめのジャケットから伸びるデニムパンツに包まれた細い足。  まさかと思いながら速度を速める。坊ちゃんみたいな丸い頭が横を向くと、見慣れている鼻筋の通った端正な横顔が見えた。  彼だ。 「あのっ」  真後ろまで追いつき、声を掛けた。振り返ったのはやっぱり彼だった。  そっくりな男は無言で目を見開く。でもその表情に焦りは感じない。驚いた表情でもなく「あら、見つかった?」と、まるでささやかなサプライズを仕掛けた人間のようだった。  結城に瓜二つの顔に市五郎は胸のざわめきを押さえ、静かに切り出した。 「……探しました」  そっくりな男は小首を傾げ耳の下あたりをポリポリと掻いた。チラリと赤い痕が見える。市五郎の付けた刻印だ。 「何か用でも?」 「あなたは、誰ですか?」  単刀直入に尋ねれば、そっくりな男はクスッと小さく笑い俯いた。人を小バカにした態度。結城であれば絶対にしない仕草。 「突然、不躾(ぶしつけ)だなぁ」 「私は高山市五郎といいます。でも、あなたはそれもご存知じゃありませんか?」 「ちょっと待って。約束があるんだ。俺と話したいんでしょ?」  またデートか。と思った。でも「そうですか。じゃあ後日」と引き下がるわけにはいかない。 「申し訳ないが、キャンセルして下さい。急用が出来たとメールでもして」 「わかってるってば」  やれやれといった表情で携帯を出し、文字を打ち込む。最後に送信ボタンをあっけなく押し、彼はポケットに携帯を落とした。 「で、どうする? ここで立ちんぼもなんでしょ?」 「二人きりになれる場所がいいです。でも、私といきなり個室は嫌ですか? たとえば……」  駅の周辺には、その手のホテルがいくつかあった。表通りにはないが駅裏は充実している。市五郎は使ったことがなかったが、ここからタクシーでワンメーターほどで行けるだろう。 「ホテルとか……、それに抵抗があるなら、料理屋の個室か。ただ、話を他の人間に邪魔されたくないし、聞かれたくないと思っています」 「ふーん。別にいいけど。任せるよ」 「助かります」  そっくりな男は、「どうぞ」というように手のひらを見せた。着いて行くからお先にどうぞと言っているのだろう。薄暗いとはいえ、まだ六時にもなっていない。歩道には沢山の人が歩いている。でも、これが彼のルールでもあるのかもしれない。彼が他の人間をキャンセルして話す時間を作ってくれたのだから、彼のルールに従うべきだろう。と市五郎は考えた。  彼の手を握りグイと隣へ引き寄せ、反対の手でタクシーへ手を上げる。手を握ったまま彼を見下ろすと、彼は握られた手を見て、きょろっと市五郎を見上げた。 「意外と大胆なんだね」 「そういうのが好きなのかと」 「俺に好かれたいの?」  ハザードを焚いて停まるタクシーのドアが開き、市五郎から乗り込んだ。  その後に続き、彼も乗り込む。閉まるドア。運転手に「ここから一番近いラブホへ」と告げ、彼の質問へ返した。 「そうですね。できれば」  そっくりな男はキョトンとして、おどけるように肩を竦めた。  表情はまんざらでもなさそうだ。  今のホテルは自動会計システムで、誰にも合わないで部屋へ入れる。大昔とは随分変わったなと思った。昔のホテルは不愛想な中年女性が座っていたものだ。  ホテルはとても綺麗な作りだった。洗練されていると言ってもいい。それも驚きで取材がてら、部屋をキョロキョロと探索してみたいと思ったが、そんな悠長なことはしてられない。そっくりな彼はすでに上着を脱ぎ、ベッドに腰掛け大あくびをかましていた。ソファがあるのだから、こちらに座ればいいものを。 「名前を教えてもらえますか?」 「あいつはこのこと、知ってるの?」 「……やはり、あなたは結城さんと関係があるのですね」 「おかしなこと言うよね。俺の容姿とあんたへの態度が気になったから、俺を探したんでしょ?」  そっくりな男は妙な言い回しをする。  市五郎は上着を脱ぎ、彼の隣へ座った。至近距離でジッと見つめ、やはり同じ顔だと確信する。この顔が赤の他人だなんて思えない。表情こそ違えど、どう見ても私の好きな結城さんそのままだ。  市五郎は彼の手をもう一度握った。 「あなたは生き別れた兄弟でも、近い親戚でも、ましてや双子の兄弟でもない。違いますか?」 「じゃぁ、なんだと思う?」  手を握られても、確信に迫る言葉を投げかけても、彼に全く動じる気配はない。 「あなたは、結城さんです」  彼の唇から「ふっ」と突発的な笑いが零れた。 「どういう意味?」 「今日、あなたに出会うまでは確証がもてませんでした。でも」  握っている小さな手を見つめ、もう一度キュッと握る。 「この手を私は知っている。いつも握っているからです」 「ふーん。自信家なんだね」 「それに……」  態度を崩さない彼のうなじに手を伸ばした。そろっと撫で上げ、耳の後ろに触れる。  やっぱり……。  心のどこかでは、そうでないことを願っていた。市五郎は気分が落ちていくのを感じながらも、奮い立たせる。これからの決戦に備えなくてはならない。気を引き締め、口を開く。 「ここに付いている痕は、私が二日前つけたものです」 「偶然かもよ? 俺だってセックスぐらいするからね」 「右胸の横に三つ、へその下に二つ、内ももに五つ、背中に二つ。肩甲骨の上と、右肩のあたりです。違いますか?」 「ふふ、すごいね。でも残念。俺の方が正解を知らないからね」 「この部屋には鏡が沢山ある。調べてみたらどうです?」 「別にいいよ。あんたに確信があるならそういうコトだから。俺の名前ね? 知りたいなら教えてあげる。結城真人だよ」

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